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私のキャリア実験ノート(5)不器用な私の美大戦記

    2019年4月から武蔵野美術大学大学院の授業が始まった。キャンパスは市ヶ谷駅前。もとは山口百恵がレコ―ディングをしたと言われるCBSソニーの社屋だったこのビルは、美大の知見を広く社会に開くという新学部のコンセプトにふさわしく、都心エリアに構えた拠点となった。1FにはMUJIとの実験店舗も併設されている。軽はずみに?飛び込んだ美術大学だったが、授業は予想を遥かに超えるハードさだった。1年を3か月毎の4つのタームに分けるが、多い時は週に4日、18時10分から21時20分まで授業が行われた。その形態は、座学型、グループ実習型、個人実習型に加え、社会実装を目指した産学プロジェクト、そして秋からはゼミも始まった。講義型では、アート、デザイン界で活躍される方々をお迎えしてお話をお聞きしたり、研究に必須となるリサーチ手法を習得したり、知的財産をケースメソッドで学んだりした。

 グループ実習型は、教授陣の得意領域(デザイン思考、プロダクトデザイン、ビジョンデザイン、建築)毎の課題をチームで検討し、造形にする。個人実習では、IllustratorやPhotoshopといったプロフェショナルツールを使いながらグラフィックデザインを学んだり、あるテーマを与えられて実習室にある段ボール、布、紐などを使いながら造形化する実習を行った。産学プロジェクトでは、様々な社会課題を解決するプロジェクトにチームで参画しながら、その解決案を提案する実践型実習が行われた。私は、子供のクリエイテイビティを育むことを目指して孫泰蔵さんが立ち上げたVIVITAプロジェクトに参加した。子供の創造性を育むというより、子供の創造性に学ぶべき点が多いと考えたからだ。メンバーで子供のためのワークショップをデザイン・実施し、その発表会をキャンパス内のMUJI店舗で行った。

 正に刺激的なプログラムを次々と体験する怒涛の日々だったが、それは同時に苦しみの日々だった。まず、コミュニケーション。大学院生30名強の半分が社会人、残りの半分が大学からの入学と留学生という構成。社会人の業種も代理店、コンサルタント、食品・飲料、IT、NPOと多彩で、予想通り個性があふれ過ぎる面々が、この「ベンチャー」的なプロジェクトに参加した。これまでの経験から、多様な人たちの中でうまくやって行ける自信はあった。ところが、授業のスピード感が半端ではないため、丁寧にコミュニケーションをする余裕がない。何となく歯車が狂っていた。あれあれ?と思っている間にどんどん症状は重くなり・・・5月のある晩、ぐるぐると考えながら寝つけずにいて起き上がった途端に過呼吸になり、妻に介抱してもらった。文字通り、絵にかいたような「五月病」にかかったのだ。いま思えば、会社の肩書が外れ、起業した直後の不安とストレスが、無意識のうちに蓄積していたのだろう。

 もともとITスキルは高くはないため、プロ仕様のツールにも四苦八苦した。先生からIllustratorやphotoshopの解説を受けながら操作を行い、なおかつ「美しい」グラフィックデザインに仕上げなければならない。だが、その基本的な操作から追い付いていけない。課題である、自分という人間のカタログを制作する「自分図鑑」を悪戦苦闘の末に仕上げた時、先生から「どうなることかと思ったけど、何とかなったね~」と仰って頂き、苦笑するしかなかった。

 第2タームに行われた「手を動かす」造形の授業では、自分の不器用さを呪った。金曜の夜に課題を与えられ、そこから翌日の午前中までの5-6時間の間にアイデアを練り、それを作品にする。午後は、先生による講評タイムだ。いつも自分の作品がアイデアでも出来栄えでも、一番劣っているように思えてならなかった。一人ひとりの講評を聞くにつれ、どんどん落ち込んで行く。デッサンをすれば、自信がないために弱弱しい線を描いてしまう。「太い線を、できるだけ長く描く訓練をしてください」というアドバイスを頂戴した。この造形の授業では、帰宅する度に「俺にはセンスがない」「才能は枯渇した」と愚痴り、ある時遂に妻に諭(さと)された。「あえて自分のダメな部分に向き合って、成長するために入学したんでしょ。まだ何もやっていないのに愚痴るのはカッコ悪いわよ」。

 その通りだった。例えば、自分のデザインスキルに自信を持って入学して来た学生から見れば、基本的なアートやデザインのスキルも持ち合わせない社会人の「代理店」とか「コンサル」といった肩書には何の意味もない。で、あなたは何ができるの?私は、あえて自分を「ゼロ・リセット」し、自分の存在意義を創り直す覚悟でこの場所に飛び込んだのだ。

 試行錯誤、四苦八苦、七転八倒を重ねるうちに、微かだが光も見えて来た。プログラミングキットを使い、LEDで「美しい光」を造形する授業では、マジックアワーを再現するために様々な工夫を重ね、最後の最後に大判の色紙を重ねて反射させると段々と夜が明けて来る様子を再現でき、先生から「本当に美しいですね!」と仰って頂いた。自宅で部屋を暗くし、その光を妻と一緒に眺めながら、最後の最後まであきらめない大切さを噛み締めた。造形授業の課題「言葉を造形化する」では、プロレスのチャンピオンベルトを段ボールでつくり、そこに感動したレスラーの言葉を書き込んだ作品をつくり、学生仲間から面白がってもらった。決して美しくないが、自分にしかできない愛情のこもった作品。好きなことを造形化すると不格好でもオリジナリティのあるものになることを学んだ。

 個人のビジョンを徹底的に考え、互いにその真剣度を問いかけながら提案をつくり、それをカタチにするビジョンデザインの授業では「日本に『年齢』から解放された働き方を」というビジョンを描くと共に、定型的な履歴書を、美大の学生が制作する「自分自身を作品としてプレゼンテーションする」ポートフォリオへと転換させるサービスのカタログを制作。それを評価頂き大学主催の公開イベントでも発表させて頂いた。キャリア支援やカウンセリングでは互いに共感・受容し合う「対話」を重視する。しかし、自分の想い(ビジョン)を真剣に自分に問いかけ形にするためには、対話に留まることのない、他者との真剣な「対論」こそ必要なのではないか、と思い至った。

 このような試行錯誤、四苦八苦、七転八倒の真っただ中にいる時には、本質的に自分が何を学んでいるのかという、いわゆる「学習目標」なんか自己認識できない。だが、経験したことの一つひとつが「創造性とは何か」という大きな問いに至る大事な道のりだったのだ。次回は、その解き明かしをして行きたい(つづく)。

#キャリア #創造性 #働き方 #アート #デザイン



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