イーロン・マスク氏に会える?買収後のツイッターとの記事まとめ(日経ビジネスより)
マスク氏に風刺画を渡したツイッター社員 スピード解雇の舞台裏
「1週間前までは働くのが楽しかったのに……。すべてが変わった」
2022年11月9日夕方、筆者は米サンフランシスコ市内で米ツイッターから解雇されたばかりのエンジニア、エマニュエル・コーネットさん(通称「マニュ」)に会った。いかにも人が良さそうな笑顔が印象的なフランス出身の41歳だった。解雇を通達されたのは11月1日。イーロン・マスク氏による買収完了が10月27日だから、同氏がいかに早く社員削減に着手したかが分かる。取締役9人全員は27日夕までに解任された。
社員の解雇通達が始まったのは11月3~4日。テスラからやってきたチームがどの部門の誰を対象とするかを検討し、ツイッターの人事部門などと連携して作業を進めたという。
「なぜかは分からないが、テスラからやってきたチームはソフトウエア・エンジニアが多かった。大量解雇の後、解雇された人とされない人を分ける『法則』を同僚たちと議論したが、結局、よく分からない。(マスク氏は昼夜をいとわず働く社員を好むとされるが、)ワーカホリックで有名な社員も解雇されたし、勤務期間もさまざま」と話す。
マニュはツイッターの前に勤めていたグーグルで14年間、ソフト・エンジニアとして活躍したベテランだ。ツイッターの書き込みを見ても、彼の生産性の高さと優秀さを評価する人は多い。ではなぜマニュ、具体的にはもう一人の男性社員との2人はそれよりも前に解雇されたのか。少し時間をさかのぼり、マニュの周囲で起きていたことを見ていこう。
マスク氏に手渡した風刺画
マニュは21年7月にツイッターに入る前から少し名の知られた存在だった。グーグルでは、同社の経営者や経営状況を風刺するイラストを描いてSNSなどに投稿していたからだ。辛辣な内容が問題視されたこともあったが、解雇までには至らず、ツイッターでも同様の扱いを受けていた。
10月26日、「洗面台」を抱えてツイッター本社にやってきたマスク氏は、社内を練り歩いて誰がどんな仕事に従事しているかを聞いてまわった。マニュの仕事場にもやってきた時に渡したのが、下の風刺画だ。ツイッターのロゴの置物を踏み潰しているマスク氏に「壊したなら買ってよ!」と訴えている。
マスク氏の反応は「結局、買ったでしょ」。「最初の印象は『クールガイ』。洗面台をジョークで持ってくる経営者なんてそうはいない」とマニュ。だが、好印象はすぐに消えた。
「1日に400万ドル以上(の赤字)」とマスク氏がツイッター上で明かしたように、同社は火の車だ。マスク氏は複数のプロジェクトを立ち上げ、大量の仕事がメールで降ってくるようになった。
会議中にパソコン画面が「空白」に
マニュの同僚は「ブルー」と呼ばれる有料サービスと、投稿者が本人であることを証明する「認証バッジ」の仕組みを統合する作業を担当していた。認証バッジは著名人などに限定して付与されていたため、マスク氏は「『領主と農民』のような制度はやめるべきだ」と主張。月8ドルを支払えば誰でも利用できるようにするが、システム変更は簡単ではなかった。
仕事の振り方は絶妙だった。「週末働けば間に合うくらいの量を金曜日に振ってきて、締め切りは月曜日朝」。見かねたマニュは同僚の仕事を自発的に手伝った。
ではなぜ誰よりも先に解雇されたのか。考えられる理由は1つ。11月1日、解雇されれば会社メールにもアクセスできなくなることを不安視する同僚が多かったため、過去のメールの履歴をダウンロードできるブラウザーの拡張機能をこしらえ、共有したことだ。その1時間半後、オンライン会議中に突然画面が空白になり、アクセスが遮断された。そして、個人用メールにこんな通達が来た。
「ハーイ、マニュ。残念ですが、あなたが現時点をもって解雇されたことをお知らせしなければなりません。あなたが直近でしたことは会社の複数の規則に違反しています」。ほかの社員の解雇は3カ月後になるが、マニュは規則違反扱いとして即時解雇、退職金などは何も与えられなかった。
「会社を立て直すために必要なら解雇されても仕方ない」とマニュ。「当面は生活できる金銭的余裕があるし、同僚を助けたことが解雇の理由なら誇らしい」とも話す。だが3日には、全米労働関係委員会に不当解雇の申し立てをした。拡張機能は誰でも使え、ブラウザ提供側にも削除されていない。公共性の高い機能の提供での解雇は不当に思えた。
いったん解雇した社員を再雇用
マニュによると、ツイッターはいったん解雇を言い渡した一部の社員に「再雇用」を提案しているという。削減しすぎて通常の業務がまわらなくなったようだ。
「米国の企業は確かに雇用や解雇についてドライな判断を下す。特に僕たちのいるシリコンバレーのテック業界は、給料は他に比べて高いけれど、業績が悪化すればすぐに解雇される。僕たちもそれを理解して働いてはいるものの、いったん辞めろと言ってから撤回するなんて話は聞いたことがない。やり方が雑過ぎる」
現在は、ウィーワークのオフィスに出勤して風刺画の創作などをしながら、ツイッターの今後に思いをはせている。「言論の自由も行き過ぎれば誹謗(ひぼう)中傷を促進しかねない。ツイッターから人々が離れなければいいけど」と心配する。
マスク氏は8日、約40億ドル分のテスラ株を売却していたことが明らかになっている。社員だけでなく身銭も切るマスク氏。近日中に反転できなければテスラの株主にも影響が及ぶことになる。
なお、マニュの風刺画はこちらのサイト(https://twittoons.com/)ですべて見ることができる。「こんなに上手なら売ればいいのに」と筆者が言うと、肩をすくめてこう言った。
「これでお金を稼ぐつもりはない。僕はコードならいくらでも書けるけど、営業のセンスはこれっぽっちも無いんだ」
「マスク氏に会いたい!」 ツイッター本社前、張り込み中の衝撃事件
「今ならイーロン・マスクに会えるかもしれない!」
11月中旬にツイッター本社へ行こうと決めたのは、こんな単純な理由からだった。複数社の経営をこなすマスク氏にとって、当時の最優先事項は440億ドルもの大金をはたいて買収したツイッターの立て直し。19年にテスラの低価格セダン「モデル3」の生産立ち上げで倒産寸前の憂き目に遭ったときも、まず取った行動は工場に寝泊まりしながらの問題解決だった。
マスク氏にとって現場はすべてだ。ツイッターの立て直しでも本社に入り浸るだろうと予想した。ちなみに既存メディアからの取材を嫌うマスク氏だけあって、テスラにはもはや広報窓口がなく、スペースXも取材には答えないことで知られている。
また「水曜日」という曜日もカギを握るのではないかと考えていた。以前、曜日によってどの会社の経営に集中するかを決めていたという話を聞いたことがあったからだ。10月下旬の買収時、マスク氏が洗面台(シンク)を手に抱えてツイッター本社に初出社した話は有名だが、これが水曜日だった。11月のリストラ着手でカギになる行動を取るのも、水曜日ではないかと予想した。
考え始めたら居ても立っても居られなくなった。すぐに飛行機のチケットと格安ホテルを予約し、11月7日、ニューヨークからサンフランシスコに飛んだ。
日本の記者にとって夜討ち朝駆けの張り込みはそれほど珍しい行為ではない(とはいえ最近は実行するのが難しくなってきたと聞く)。筆者も日本で鉄鋼や自動車業界を担当していたとき、何か大きな出来事が起きるたびに会社幹部の自宅前で張り込みをしたものだ。取材を受ける側もこの状況に慣れている。
だが良い思い出はほとんどない。張り込みが必要な日に限ってなぜか、猛暑だったり冷たい雨や雪が降っていたりするのだ。大抵は高級住宅街なので周囲にコンビニやカフェといったトイレを借りられそうな場所もなく、1人なので持ち場を離れることもできない。暑さ寒さとトイレを我慢しながら、立ったままひたすら待つのがつらかった。
ところが、サンフランシスコ市内の現場を目にした途端、思わずガッツポーズが出た。
「こんな幸せな場所があっていいの?」
張り込みにうってつけのツイッター本社
ツイッター本社は、市内の目抜き通りとして知られるマーケットストリート沿いにある。角地にそびえ立つL字型ビルと、その内側に建つ長方形ビルの2棟構成。2つのビルの間には、机や椅子、ファイアプレースが置かれた公共の広場があり、L字型ビルの1階にはスーパーマーケットが入っている。
イーロン・マスク氏が洗面台を持ち込んだメインエントランスは、この広場に面した長方形ビルの1階にある。
筆者がなぜ「幸せな場所」と感動したかというと、L字型ビルのスーパーマーケット店内にフードコートがあったからだ。窓際のイートイン・スペースに座ると、広場を挟んでちょうど向かい側にあるガラス張りのエントランスを見渡せる。マスク氏が来社するのを見張るには格好の場所だった。
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