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街頭覇王

真夜中の公園、人通りのない路地裏、そしてテナントの無い廃墟ビル。
午前二時、誰も来ないはずの廃墟ビル。
眼前には初対面の男。厚手のフライトジャケットを着たマッチョだ。
俺はスカジャンの前を開けて、左手を前に突き出して構える。
開戦のゴングはなく、自然と幕が上がる。

ストリートファイト。
今時こんなコトをやる意味があるのか、と思う。
格闘技がやりたいなら、真っ当なジムに入ればいい。
ボクシング、キック、レスリング。なんでも自由に選べる時代だ。

この毎夜の暴力沙汰を除けば、俺はごく真面目で平凡な学生だ。
身を沈めてタックルを狙ってる眼前のマッチョも、恐らくはそうだ。
俺たちは不良やチンピラじゃないし、暴力が好きなわけでもない。
『ファイト・クラブ』を気取ってるわけでもない。
なのに――

「――ッ、ダメだね。強いね、キミ」
「――ぁざッス」

――決着がついたのは、開戦から五分後。
タックルに膝が運良くカウンターで入り、さらに反射的にパンチを二発。
それで、マッチョが前のめりに倒れて動かなくなった。
とはいえ、倒れた彼が起き上がっても、俺の息はまだ上がったままだ。

(レスリングやるヤツは、マジでスタミナお化けばっかりだな……)

勝負は時の運。タフな相手は、素直に尊敬する。
明確なルールもなければ、勝敗を決めるレフリーもいない場所だ。
相手に敬意を払えなければ、見知らぬ相手の暴力になど身を委ねられない。

「……あんまり、拳以外じゃ語り合いたくないクチか?」
「あ、いえ。息が上がって……」
「ふぅん。ま、分かるケドね」

嘘ではないが、あまりベタベタと感想戦をやりたくないのも本心だ。
戦う相手には敬意を払うが、仲良くなりたいワケじゃない。
見抜かれているようにも思うが、深くは追求してこないようだ。

「隣駅の地下通路。拳法使う凄いのがいるんだってサ」

それだけ言って、男は去っていった。
二時半。廃ビルの窓からは、隣駅のネオンが見えた。

【続く】

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