XRシャーク.jp

 204X年9月、K県臨海工業地帯にて爆発事故が発生。大規模ナノマシンプラントに穴が開き、大量のナノマシンが海洋に流出した。

 ナノマシンはプランクトンとなって漂い、小型の魚介に食べられ、それらも更なる捕食者の餌食となり、食物連鎖による汚染物質の生物濃縮はやがて頂点捕食者へと至る。

 即ち……。

 ◆

 専門学生の比賀石矢太郎は外出を殆どしなくなった。授業には出ている。交友もあり、授業後は友人らと語らったり遊んだりもする。

「あ、バイトの時間だわ」

「じゃまた明日な」

 教室から“外”に出れば自宅の廊下。台所から冷えた麦茶と菓子類を取って戻ると、自室の“中”はEC業者の物流倉庫になっていた。

――『社会と関わるうえで、生身である必要はない』と言う価値観が出現したのは、20年ほど前からだろうか。特にブレインマシンインプラントが登場し、ナノマシンを注射するだけで脳をサイバー化できるようになると、その流れは一層加速した。

 サイバー化すると世界が変わる。現実とデジタル情報は常に複合し、常に同じ感覚が存在する。VRは単に物理ではないだけの空間であり、現実との差は建物の“中”と“外”程度。必要が無ければ出ていかなくても問題ない。

 当然、全ての人がそう言う考え方を持ち得てはいない。例えば矢太郎の両親は、息子は引き籠りになってしまったと思い心配している。

 だがある日の夕方、矢太郎は珍しく家の“外”にいた。ただならぬ様子で。

「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……!」

 暮れなずむ通りを矢太郎は駆けた。何かに怯えながら。何に? 彼がしばしば振り向く視線の先には何もない。道行く人々がちらりと怪訝な目線を向けるが、それらの瞳に映るのは喚きながら走るおかしな若者の姿だけだ。

 それが存在するのは、矢太郎の視界の中だけなのだ。

「畜生! アアアァーッ!?」

 黒い背鰭がアスファルトに沈み、そして、飛沫を立てて獰猛な白い牙に縁どられた赤い暗黒が飛び出した!

【続く】

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