
違いを超えて共創へ——大統領演説と、ヘレン・ジアとの出会いから考える
米国のトランプ大統領は、就任演説で「性別は男性と女性の2つのみ」と宣言し、バイデン政権が推進した人種平等や性的少数者の権利保護に関する大統領令の多くを撤回しました。この方針に対して、ワシントン大聖堂での礼拝でマリアン・ブッデ司教が「おびえる人々にも慈悲の心を持つように」と諭した場面が世界中で報道されました。
分断と混乱が進む世界に不安を感じる中、私はある希望ある「出会い」を思い出しました。
今回は「違い」に対するCQ(文化的知能)の発達段階の観点から、今世界で起きていることを考察してみたいと思います。
ヘレン・ジアとの出会い
私がヘレン・ジアさんと出会ったのは、2024年のピースボートの船内でした。彼女について少し紹介させてください。
ヘレンは、中国系アメリカ人のジャーナリストであり、アジア系アメリカ人やLGBTQの権利を擁護する活動家です。1982年のヴィンセント・チン殺害事件(※1)を契機に公民権運動に積極的に関わり、「American Citizens for Justice」を設立しました。また、アジア系アメリカ人の歴史やアイデンティティについての著作を執筆し、米国の学校でテキストとして広く使用されるなど、多くの人々に影響を与えています。(※2)

ヘレンとリアさんの闘い
ピースボートで、私はヘレンとその同性パートナーのリアさんから話を聞く機会がありました。その中で、特に印象に残ったのが彼女たちの結婚をめぐる闘いでした。
2人は2008年にカリフォルニア州で同性婚が合法化された直後に結婚。しかし、その後も法律が変更されるたびに、何度も権利を奪われそうになり、そのたびに闘い続けました。
その胸中には、長年「模範的な少数派(モデル・マイノリティ)」として沈黙を強いられてきたアジア系アメリカ人のステレオタイプを打ち破り、正義のために行動するという強い決意があったといいます。(※3)
長年にわたり、「模範的な少数派(モデル・マイノリティ)」というステレオタイプに従い、目立たないようにすべきではなかったのか、と尋ねられることがありました。
でも、私はこう考えています——
もしこの世界を少しでも良くすることができるなら、思いやりのある人なら誰でもそうすべきではないでしょうか?
私たちには声を上げる力があります。もし今でなければ、いつやるのでしょう?」
— ヘレン・ジア(公式サイトより)
「防御」を超えて「共創」へ
ヘレンたちの勇気ある行動がある一方で、分断が進む世界。
私はミルトン・ベネットが提唱した「異文化感受性発達モデル(DMIS)」の視点から、リーダーによって国全体のパラダイム(認識の枠組み)がどのように変遷してきたかを考えました。
異文化感受性発達モデル(DMIS)とは?
DMIS(Developmental Model of Intercultural Sensitivity)は、「人々が異文化をどのように認識し、関わるか」を説明する枠組みです。
ここでいう「異文化」とは、単に国の違いだけでなく、「自分とは異なる集団の人々」全てを含みます。

例えば、オバマ大統領の次の言葉は、共通点に着目する「レベル3:(違いを)最小化」のパラダイムを示していると考えられます。
「黒人のアメリカ、白人のアメリカ、ラテン系のアメリカ、アジア系のアメリカがあるわけではない。あるのは、アメリカ合衆国だけだ。」
— バラク・オバマ(2004年民主党全国大会演説)
この言葉は、「すべての人が一つの国民である」と団結を促す一方で、異なる文化背景を持つ人々が直面する現実の違いや課題を軽視する可能性もあります。
一方、トランプ大統領の言葉や政策には、ある特定の人々(移民や性的マイノリティーなど)を一括りにして否定的に捉える「レベル2:(違いに対する)防衛」のパラダイム、あるいは異文化の存在自体を考慮しない「レベル1:(違いへの)無知無関心」のパラダイムが見られます。
違いを超えて共存できるか?
「人類の生存は、違いを超えて共存できるかどうかにかかっている。」
— ヘールト・ホフステード(オランダの社会学者)
宇宙から見ると、地球には美しい青い海と陸地が広がるだけ。
国境など見当たりません。
それなのに、人類は土地や資源を巡って絶えず争いを繰り広げてきました。
ヘレンやブッデ司教、そして世界中の数えきれない勇気ある人々が、「違いとの共創」を目指して行動しています。ブッデ司教は説教の中で次のように述べています。
この文脈におけるunity(統一)とは、自由な社会で人々が共に生活するための最低限の要件であり 、(中略)画一性でも、一方が他方に勝つことでも、疲れから生じる形式的な礼儀や受動性でもありません。(中略)統一とは、互いの違いを包含し尊重し、複数の視点や人生経験を有効で尊重に値するものとして受け入れ、コミュニティや権力の場において、意見が対立しても真に互いを思いやることができる在り方です。
政治的に報道されている礼拝の「慈悲の心」。しかし、司教のメッセージを聴いて、私が感じた本質は Unity(統一・調和) でした。
ここで語られている Unity を深く掘り下げることが、社会の二極化を和らげる一助となるのではないか——。
そう願いながら、小さな希望を持ち続けたいと思います。
CQラボ
田代礼子
※1
ヴィンセント・チン殺害事件(1982年)は、中国系アメリカ人のヴィンセント・チンが、日本車の台頭による職の喪失を恨んだ白人男性に暴行され、死亡したヘイトクライム事件。しかし、加害者は罰金のみの判決を受け、刑務所には収監されなかった。この判決に対し、全米のアジア系アメリカ人コミュニティが抗議運動を展開し、公民権運動の転機となった。
※2
ヘレン・ジア公式サイト:Helen Zia Official Website
※3
2008年11月4日、住民投票により「プロポジション8」が可決され、カリフォルニア州での同性婚が再び禁止された。しかし、2013年6月26日、米国最高裁が「プロポジション8は違憲」との判決を下し、カリフォルニア州における同性婚が再び合法化された。
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