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Refrect("quiz" fan fiction)

雪上がりの駐車場には世界地図に描かれた大陸の形をした水溜りがいくつもできていた。
そこには頭上の澄み切った空と風に運ばれる雲が映っている。鏡面と化した水が返す光は眩い。
彼女は少し猫背気味の背をもっと屈めて、足元の空を見ながら歩きだした。

「前、見ないと危ないぞ」
「大丈夫よ」

俺の言うことなんて聞く耳もたない。
そうして、普段とは違うゆったりとした歩調の後姿を見ているのは、本当は悪くない。ただ俺が声がかけたいだけ。電柱や壁に彼女がぶつからないよう、ちゃんと見ているし。

かすかな微笑を湛える横顔を見ながら思い返す。
付き合うようになってから、彼女が発する言葉に含まれた感性の鋭さに何度もはっとさせられたことを。

「雪の匂い」

夕べ、都会では珍しい雪が降りしきる中、彼女の部屋に泊まったとき、煙草を吸うために開けた窓の側に、薄い毛布一枚を巻きつけただけの姿で近づいてきて、呟いた。

「どんなだ?」
「変なの。全然冷たくない。あったかくて柔らかいの」

そう言って、俺の腕のなかに潜りこむ。そのとき、俺も雪の匂いを感じることができた。それは彼女の匂いとそっくりだった。


人が作り上げた無機質な街のなかでも、弛みなく変わっていく自然の営みの美しさを、彼女は教えてくれた。
そして、今日の水溜りの歩き方も。

きっとずっと一緒に居られたら、どんなことがあっても、世界は美しいと信じていられるだろう。

不意に込み上げてきた想い。
でも、それを伝えるのはまだ先でいいと思いながら口を開いた。

「お前は俺と違うものが見えるんだな」
「何それ?」
「ほら、水溜りがこんなに綺麗だなんて、今日初めて知ったよ」
「・・・」
「どうした?」
「あたしだって、今、初めて知ったわ。ううん、ちょっと前までは空の色なんて、どうでも良かった」
「・・・」
目を伏せたままの彼女にかける言葉を捜して、逡巡しているうちに小さな叫びが上がった。
「あ!」
声と同時に彼女の指が足下に向けられる。
その先には大きな翼を広げた鳥の、白い腹が映っていた。
瞬時を置かず、二人が空を見上げた時には、鳥は西の空に向かう後姿しか見えなかった。

「こんな都会でも、鳶、いるのね」
「そうだな」

彼女の呟きに答えながら、去り行く鳥に願った。

ああ、どうか、この時を常しえに。

天の光は足元の水を吸い上げるのを止めないと知ってはいたけれど。