
「オレンジジュースを飲みたいのか?飲むべきなのか?」休職したときの話。
社会人4年目の頃、4ヶ月休職をしたことがある。当時、いわゆる「こころの病院」へ通院していた。
「さとうさんね(旧姓)、あなたに出す薬はありません」
「え?」
「あなたに必要なのは、“遊ぶこと”です。とりあえず遊んで、遊んで、遊びまくって、2週間後にどんな風に遊んだか、教えてください。」
こんな風に診察をする先生だった。
当時私は、かなりハードな労働環境にいたことと併せて、根っからの体育会気質かつ真面目(自分でいう)な性格だったことが限界を迎えたのだ、と言われた。だから、「その厳しい状況から離脱をすれば、かならず治ります。まずは会社を休んでください。そして、よくなるためには、遊んでください。」と繰り返し言われた。
もちろん、その時は、メインで担当している仕事の状況を考えると「いや、とてもじゃないですが、休むなんて選択肢ないです。」と、はじめは訴えていた。しかし、上記のトーンを崩さずに先生は、「このままいけば、取り返しつかなくなりますけどね。それでいいなら、仕事に戻ればいいんじゃないですか。(ニコッ)」と、キッパリサッパリ言い放った。
初診のあと、そのまま手続きをとり、しばらく休職させてもらうことになった。最初はとりあえず1ヶ月。先生は、「おそらく1ヶ月じゃ足りないと思いますけど、まぁ様子見ながら行きましょう」と言っていた。結果的には4ヶ月かかったので、先生の見立ては合っていた。
休み始めてしばらくはこれまでの疲れが全身の細胞から溢れ出たようで、泥のように眠り、ありとあらゆる身体の不調が出ていた。そんな中、先生から言われたことばを反芻する。
「遊んでくださいね。」
「・・・どうやって遊ぶんだっけ?」
恐ろしいことに、わからない。遊ぶ、とは何なのか、、、遊ぶ、とは何をしたら良いのか?・・・わからないのだ。
今思えば、それ自体がふつうではないサインなのだが、当時は「遊べない自分」がどうしていけないのか、イマイチしっくりきていなかった。
2週間おきに診察へ行くが、聞かれることは一つ。「遊べましたか?」「・・・いえあまり」「また2週間後に教えてくださいね(ニコッ)」※ちなみに先生はカバみたいな大きな体と顔の男の先生なので「カバ先生」と呼んでいた。
この診察の繰り返しを2ヶ月ほど続けた。
ある日、高校時代からの友人と会い、彼女に「病院の先生から、遊ばないと治らないと言われているが、何をしたらいいかわからない」と話した。彼女は、
「ようちゃんさ〜、もしあと1週間で、世界が終わりますと言われたら、何したいのよ?」
と言った。その瞬間、一瞬で、私のなかに、まだ一度も行ったことがない風景が浮かんでいた。
「わたし、熊野古道にいきたいな」
彼女は「いってきなよ」と言った。
そこからすぐに下調べをした。宿をとって、レンタカーを予約して、熊野古道へ旅立った。なぜか私の母が「おかあさんも熊野古道行ってみたいからいっしょに行くわ♪ルンルン」と遊び気分で同乗することが決まり、久しぶりにふたりでの旅行となった。
大阪から特急列車のくろしおで、和歌山県の南紀白浜へと入る。白浜で一泊したあとはレンタカーで和歌山県を東に縦断、途中で古道を歩いたり、本宮付近の温泉に寄るなどしながら、新宮市まで行った。熊野三山・3つの神社へも参った。最後は太平洋側の海沿いの国道をひた走り、白浜へ戻った。
神社も海も古道も美しかったけれど、なぜか、妙に心に残った風景があった。そこは、なんてことのない集落だった。古道と古道の合間に人々が少し休むような小さな集落だった。いくつかの商店があり、小学校があり、川があった。
のびのびとして、山々に囲まれた合間に在る、人々や生活の息づかいや温度を感じるような場所で、穏やかな時間が流れる風景を目の前にしたときに、心の中にすうっと、キレイな澄んだ空気が流れ込むような気がしたことを、今でもはっきりと覚えている。「ここに来たかったんだなぁ、私。」と思った。
そのあと、母と、民宿と旅館の間くらいのふつうの宿に泊まった。
翌朝の朝食。いくつかの飲み物が自由にとれるドリンクバー形式だった。とはいえ、オレンジジュース、グレープフルーツジュース、コーヒー、牛乳、とかそれくらいの種類だった。
はじめに私は、グレープフルーツジュースを飲んだ。そして、一杯飲み干して、再度飲み物を取りに行った。
飲み物が並ぶ前に立った私は、ごく自然とこう思った。
「さっき、グレープフルーツジュースを飲んだから、今度はオレンジジュースにしよう」
そしてオレンジジュースの瓶を手に取ろうとした。
しかし、一瞬、その手にためらいが生じた。
「私はいま、オレンジジュースが本当に、“飲みたい”、のか・・・?
それとも、さっきグレープフルーツジュースを飲んだから、(違うものにしたほうがいいという意味で)オレンジジュースを、“飲むべき”、と思っているのか?」
オレンジジュースをとろうとした手を戻し、もう一度、ドリンクたちが並んでいる場所を細めで見つめる。見つめる。
「私の心が向いているのは、どっちだろう・・・?」
こころと身体がフィットした感覚を得た私は、グラスに、グレープフルーツジュースを注いでいた。
「私は、グレープフルーツジュースが、“飲みたい”んだ」
自分のこころと身体が求めて欲しているものを、ちゃんと自分がキャッチして、ちゃんと自分で手にして、自分の中に取り込んであげる、ということができた瞬間だった。私にとってはとても大きな一歩だったのだ。
そこから一気に「遊ぶ」ということができるようになった。
「今日、私は何したいと思っているか・・・?」と自分のこころと身体に尋ねると、自然と細胞が向いている方向がわかるようになってきた。できるだけ、自分が欲しいと思っているものを、充足させるように務めた。オレンジジュースが飲みたいなぁと思ったら、家にぶどうジュースがあっても買いに出かけて飲む、とか、今日は寝ていたいなと思ったら、予定が入っていてもごめんなさいする、とか。
そうして、“ちいさな充足”を自分に与えてあげることを続け、気がつくとカバ先生から「卒業だね。もう仕事に戻っても大丈夫だよ」との言葉をもらう日を迎えた。
⁑ ⁑ ⁑ ⁑
この“ちいさな充足”は、その後の私にとって、とても大切な行動指針になっている。食べたいもの、飲みたいもの、会いたい人、やりたいこと。どんなに小さな選択であっても、「自分の心が向いているほうはどっち?」「“べき論”じゃなくて、細胞が求めているか?」を軸に、選び、吸収するように心がけている。
自分を大切にする、とか
自分をいたわる、とか
なんとなく贅沢なスウィーツとか旅行とかで満たそうとしてた時期もあったけれど(それもそれで大事だけど)、もっと身近で、日常のなかにたくさん転がっているような“ちいさな充足”をちゃんと積み重ねていきたい、と思っている。自分のほんとうの声は、自分にしかわからないものだから。その声をないがしろにしていると、ほんとうに自分でもわからなくなってしまうことがあることを、私は知ったから。
コンビニで、自販機で、カフェで。今、あなたが買おうとしてる飲み物は、
「あなたがほんとうに飲みたいものですか?それとも、、、?」