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たとえば3歳の息子が、盗んだバイクで走り出したとしても。

11月頃から、息子(現在3歳1ヶ月)への接し方で思い悩んでしまうことが急に増えた。

実はこれまで、赤ちゃんだった頃にも、イヤイヤ期の頃にも、「まぁまぁ適度に手がかかる子ども」だった息子に、たまにイラつくことはあっても、総じて息子に寄り添い、息子との対話を大切にしてきた(つもりだった)。だけど、去年の11月頃からうまくいかない。私のこころの余裕がない。すぐに怒ってしまう。息子が辛そうに泣いて謝っていても怒りが収まらない。そしてそんな自分に失望を繰り返す。

「こりゃまずい」とアラームがなる。そういうとき、私は「人に聞いてもらう」ように努めていて、とにかく色んな人に話をし、その都度、気持ちの整理をして、また自分なりに彼と向き合おうとしてきた。それでもまたすぐにつまづく。育児への自信を喪失しそうになっていた。(お母さんはみんながみんな育児に自信なんてないんだろうけど、特に落ち込んだ状態、と捉えてもらえれば)


そんな時。一つの事件が起こった。


おそらく、ほかの誰かからすると、なんてことのない話。それくらい「ちょっとしたこと」「あるあるだなーな出来事」だと思う。しかし、私の心には、その瞬間、受け止める余裕がもう残っていなかった。

その事件とは、3月9日(土)に行われる保育園のお楽しみ会(いわゆる発表会みたいなもの)に、オットが出張のため、参加できなくなってしまったということだった。



息子(3)は、よく言えば「感度が高い」子である。ちょっとした変化にもすぐに気がつく。またひとの情緒の変化にもよく気がつく。それは保育園の先生からも言われる彼の特徴だった。少しでも悲しそうにしている子がいるとそばに寄って適切なことばをかけている、と先生から共有をもらったこともある。オットもわたしも物心がついたころから、少し敏感なところがある子どもだったと記憶していて、「まぁ二人の子らしいね」と笑って話せる日もあれば、新しい場所や新しい人のいる場所に連れて行くと大声で泣いて拒否する息子に手を焼いて、ぐったりする日もあった。今の保育園に完全に慣れて、笑顔で「おしごとがんばってね!」と見送ってくれるまでに、1年以上かかったことも、その彼の特徴をよく物語っていた。彼が初めて笑顔でバイバイしてくれた日は、別のクラスの先生まで感動して涙を流してくれたほどだ。


そんな息子だから、ちょうど1年前、1歳児クラスの「お楽しみ会(発表会)」では、もちろん安定のギャン泣きをキメた。会場に到着した時から、演技?が終わるまで、息子の泣き声は止まなかった。1歳児クラスの他の園児たちでも泣いている子はいたが、中でもとりわけ激しい泣きっぷりをかまし、ステージから脱走しようと繰り返し、最後には先生に抱っこされてやっとステージに立てていた。

正直にいうと、わたしは内心とても残念だった。「息子が立派にステージに立っている」というわかりやすい成果を見たかったのだ。よく頑張ったね、と言いながら、心のどこかで、なんでこんなに泣いちゃうのかな、と思っていたのだ。

そのあとは、2歳児クラスの発表(今の園は2歳児クラスまでしかないので最高学年のクラスである)だった。2歳児の園児たちは全員が立派にステージに立って演技をした。

「来年、こんな風に立派に成長した息子の姿を見れるのかな。楽しみだな。」

という気持ちがわたしの中を占めていた。そこには、その日、誰よりも泣き続けた息子がどのような気持ちだったか、ということを考える余白はなかった。


そして今年、本園での最高学年クラスとしてステージに立つ日が近づいてきた。息子は、保育園にも慣れ、クラスのムードメーカー的存在だと言われることもあり、期待感は高まっていた。「きっと今年は立派にステージに立ってくれる。」そんな気持ちが強くなっていった。

しかし2月も後半に差し掛かる頃から、息子は突如また朝の送り時にギャン泣きするようになった。訴えるように「おうちにかえりたい」「かぁかとあそびたい!」と泣き叫んだ。噎せて吐きそうになりながら。原因は特定はできないものの、おそらく、4月から転園をすることをやんわりと理解していて、彼の「穏やかな日常が変わる」ことへの不安感だろう。そしてそれは今もなお現在進行形で続いている。

そんな状態だから、「お楽しみ会、また泣いて、まともにステージに立てないかもしれない」という不安感が募っていたなか、先程の事件が起こったのだった。

「主人も仕事も悪くない。仕方のないことだ。」

という冷静な気持ちがありながらも、わたしは誰にぶつけていいかわからないやり場のない悲しさと不安と悔しさとに胸が潰れそうになった。

また泣きじゃくってステージにまともに立てない息子を見たときに、わたしはどんな気持ちになるだろう。周りの親御さんからすれば微笑ましく見える光景かもしれないが、わたしはそれを見るのが辛かった。まるで、息子は「できない子」と言われているかのようで。だからせめて、もしそういう事態になったとしても、オットと分かち合いたかったのだ。一緒に背負って欲しかった。だけど、オットは来れない。そしてそれは誰も悪くない。じゃあこのやり場のない気持ちはどうしたらいいの………

翌朝、長期でハードな出張に出掛けようとするオットに、「気をつけてね」と声をかけるのが精一杯だった。


しばらく心のモヤモヤを抱えながら過ごした。数日後、ある人からふと、別の文脈で会話してたときに、こんなことを言われた。

「だれかを褒めるには、その人を“ちゃんと見”ないと、的が合わない褒め方をしてしまう。そしてそれは相手に伝わって、相手は満たされないんだよね」


ハッとした。

わたしは、息子をちゃんと「見てた」だろうか。自分の経験から勝手に設定している「成果」に当てはめて、彼を評価してはいなかっただろうか…?


わたしは学生時代にいわゆる優等生タイプで、「まわりが期待する成果」に答えながら、心のどこかでそこに違和感を感じていた。そして、まわりの期待なんかくそくらえ、と、抗う同級生に憧れを持ったりしていた。自分の人生に後悔があるわけではない、だけど、自分の子どもには、

「空気なんか読まないで、自分の気持ちを大切にしなさい。嫌なことは嫌だと、やりたいことはやりたいと、貫いていいよ」

と言ってやりたい。そうして背中を押してあげられる大きな心を持った母になりたい、という想いが、昔から優等生をし続けてきたわたしの中にあったはずだった。だがわたしは、息子に「わかりやすく設定された成果」を求めていた。そしてそれは、保育園の先生たちが設定したものではなく、あくまで「わたしが勝手に設定している」ものであったことに気が付き、思わず絶句してしまった。


わたしは息子を「ちゃんと見ていた」のだろうか?


昨年、誰よりもギャン泣きをキメた息子。ステージ上で、もしかしたら彼は、

「大勢のおとなたちがカメラかまえて見せ物みたいにされてたまるか!チキショー!」(こんな2歳児はいやだ)

と、お楽しみ会へのアンチテーゼを謳ったのかもしれない。

「はらぺこあおむしなんてやってられるか!こちとら星野源の曲でもコピーしたいんじゃあ!」(こんな2歳児もいやだ)

と、演目へのケチをつけていたのかもしれない。


本音ははかりかねるが、彼は全力で「やりたくない」と表現していた。それは、彼が持っている“自分の意思”をしっかりと「周囲に伝えた」ということであった。

それはなんと尊いことだったか。

そこに、1年も気がつかなかった自分を恥じた。申し訳ない、息子よ。ごめん。かぁか、君の気持ちを受け取れてなかったね。ほんとにごめん。ちゃんと「見れて」なかったね。ほんとにほんとにごめん。そんな深い反省とともに、

「上手なことばを掛けたりできなくてもいいから、しっかり“今”の息子を見よう」

と自然に思うことができた。11月から続いてきたどこか息子とうまくいかない感じも、ここが根本にあったからだ、と自分の中で腹落ちした。


お楽しみ会はいよいよ明日。

たとえば息子がステージから盗んだバイクで走り出したとしても(いや、ない)、誰よりも大きな声で練習がんばってたというセリフをボイコットして言わなくても、しっかりしっかりありのままの息子を見ていたい。

1年前に、わたしが見たいと思っていた「息子の成長した姿」は、お楽しみ会のステージの上にあるものじゃなく、連続した日々に散りばめられてる。そしてそれは、保育園の先生と毎日共有してきた。もう十分に見せてもらった。

ステージに立つ彼がどんな表現をするのか見ることが心から楽しみだと、今は言える。オットが出張から帰ってきたら、たくさんたくさん話してあげよう。息子が精一杯表現してくれた、最後のお楽しみ会での雄姿を。


#育児  #3歳  #保育園  #発表会


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コメント (15)
micaさん、初めまして!コメント大変嬉しいです、ありがとうございます☺️💕
生まれた時期も一緒で、性格も似てそうな息子さんがいらっしゃるとのこと…大変に 親 近 感 😍😍😍そうなんですよね、どこでも臆さず色んなことができる子を見るとなんだかうちの子大丈夫かな?と思ったり。特にこれからの時代を生き抜くのにそれで大丈夫⁉️と思ったりして😢
そんな気持ちとこのnoteに書いた気持ちを行ったり来たりしながら、気がついたら、勝手にひとりで色んなところに行くようになるのかな、と思ったりもしています☺️
遅ればせながら、しゅんたろさんのコメントから読みに来ました。
ギャン泣きする息子さんに、大変共感しまして(^^*) ウチの息子もすごかったです。そして「周りにどう見えているか」という気持ちに押しつぶされそうで、自分のせいでこうなっているのではと情けなく、落ち込むこと多々のしんどい幼少期でした。
そんな息子も今は高校生、感情表現がとても素直な子になっています。そのまま息子さんの中身を見守っていて下さいね。まつしまさんのその思い、きっと伝わります(^^)
かせみさん、コメントありがとうございます☺️💕私も今、かせみさんの「いつか懐かしくなる子供の涙」の記事を読み、うるっとしていたところでした😭まさに、いつの日か、この日々こそが懐かしくて懐かしくてたまらなくなるんだろうなぁと思いました。とても素敵な記事、かつ、コメントもありがとうございます😊💕
初めまして。とても共感しながら読ませていただきました。
小6の次女、去年と今年、運動会に出ませんでした。(昨年はお休みし、今年は先生と相談して見学でした)
うちは発達障害があるからでもあるんですが、まつしまさんのおっしゃるように、成長は日々に散りばめられていて、年に1回の運動会に出られなかったからと言って娘の成長が否定されるものではない、頑張ってることは他にもたくさんあるんだから、と、出たくない娘の気持ちを尊重しました。(先生方も理解してくださるので助かってます)インスタに上がるママ友の、小学校生活最後の運動会を親子共々満喫し感動したという投稿を見ると羨ましく切なくもありましたが、うちの子はうちの子。たくさん娘を見て、たくさん他のいいところを褒めてあげようと思います。
息子さん、きっと他にあっと驚く成長や微笑ましい成長をたくさん見せてくれますね!
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