【26日目】進むべきその階段は安全か? 朽ちゆくからこそ登るしかない【文フリ大阪出店】
文学フリマに出会った日のことは覚えていない。
いつのまにか知っていたし、当たり前になっていた。
だけど、出ると決めたのは明確な強い意志だった。
大学の授業で提出した小説『もう醒めない』があまりにも酷評だった。
誰も何も理解していない。
比喩や表現技法などが読み取られず、わたしの技術が悪いのかと不安になった。
しかし、わたしの中では確固として素晴らしい作品を書けたという自負があった。
絶対にこれはいい作品なんだ。
ただ、ここにいる生徒にも先生にも伝わらなかっただけだ。
もっと、広い場所に届けることによって、この作品を証明したい。
そう思って、大学2年生の夏、決意をした。
兄も母もコロナに感染して療養した後だった。
ショートショート集を作る。
それだけじゃ、映えないから、簡単に読みやすい写真詩集を作る。
そう決めた。
初めての文学フリマは、半数近くが出店をキャンセルしていた。
隣も前もその前も横も全部キャンセルしているような場所だった。
唯一真後ろに人がいてくれて、今でもその人のことは戦友だと思っている。
人もひどく少ない。
寂しいような、それでもワクワクするようなそんな空間だった。
あれからもう3年が経った。
4度目の文学フリマ大阪に参加する。
就職をして、敗北して、退社して、心が死んで、
今、生きている。
新刊を作る気力がどうしてもなくて、
ワクワクすることができていない。
あの時の真剣さがわたしの中にないように思う。
新刊を作るにはお金がいる。だけど、現状お金がない。
そのネックがあるのかもしれない。
今すぐ入稿をしたのならば、ギリギリ本を作ることができるだろう。
ある種余裕とも言えるのだけど、わたしの心は揺れている。
何かを作りたい、という衝動が足りていない。
何かをやりたいのに、何も思い浮かばない。
頭にモヤがかかっているように自分の『したい』がわからない。
きっと、就職した会社での理不尽によって、
『感情をなくすことこそが社会人の一歩』だと思ってしまったから。
失敗に対して何も感じないことこそが大事だと思ってしまったから。
心を守るために、防衛するために、わたしは失ったふりをした。
その劇薬、挑戦すらも必要としなくなってしまう。
その結果が今のわたしか。
5月の文フリ東京は、開放感と共に義務感で本を作り切った。
そうしないと、魂が飛んでいってしまうと知っていたから。
必死で、必死で、他界しようとする『わたし』を繋ぎ止めるために、
退職したという事実から目を背けるために、
文学フリマに縋り付いていた。
今も状態は変わらない。
なのに、真剣味に欠けてしまうのは、アドレナリンを発生させる機能を酷使してしまったからかもしれない。
それでも、いい本を作りたい。
それでも、みんなに会いたい。
わたしのことを応援してくれる人と、会って話したい。
力が欲しい。
元気が欲しい。
不安で仕方がない日々で、それでもより良く生きていくために。
だから、文学フリマ大阪に会いに来てください。
「頑張ってね」の一言だけでもわたしにください。
今から、命を燃やすように本を作るから。
何か作品を作るから。
わたしの本も手に取って欲しい。
文学フリマはとてもいい空間です。
大阪は特にちょうどいい。
大きいけれど、それでも、程よい感じがする。
https://bunfree.net/event/osaka12/
https://c.bunfree.net/c/osaka12/!/ち/45
入り口からいちばん遠い場所ですが、きっと、何かいいものを作るので、
よかったら会いに来てください。
初めて文学フリマに出た時のレポなので、よかったらこちらも見てください。
頑張るぞ、今からでもなんでもできる。
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