見出し画像

【音楽×珈琲 鑑賞録】5月3日~フランツ・リスト 愛の夢

音楽観を鍛える鑑賞録。
5月3日のテーマは、【作曲・演奏】

とりあげる作品は、
フランツ・リスト /
愛の夢

です。

フランツ・リスト
ドイツ語: Franz Liszt
ハンガリー語: Liszt Ferenc
1811年10月22日 - 1886年7月31日
王政ハンガリー出身。現在のドイツやオーストリアなどヨーロッパ各地で活動したピアニスト、作曲家。

『愛の夢』(ドイツ語: Liebesträume)は、もともと歌曲として作曲した3つの曲を1850年にピアノ独奏版に編曲したもの。
「3つの夜想曲(ノクターン)」という副題を持っていて、第3番が特に有名です。

第1番 - 変イ長調(『高貴な愛』"Hohe liebe" S.307、ルートヴィヒ・ウーラント詞、1849年作曲)
第2番 - ホ長調(『私は死んだ』 "Gestorben war ich" S.308、ルートヴィヒ・ウーラント詞、1849年作曲)
第3番 - 変イ長調(『おお、愛しうる限り愛せ』 "O lieb so lang du lieben kannst" S.298、フェルディナント・フライリヒラート詞、1845年作曲)

という内容になっています。

ここでいう第3番が「愛の夢」だという印象を覚えていたのですが、3つの楽曲がワンセットで、そのうちのひとつだったのですね。
しかも歌詞があるとは知りませんでした。

この3曲、「愛」をテーマにした歌詞ですが、殉教的であり、やや思い詰めたような内容になっています。
第1番 変イ長調は、『高貴な愛』をテーマにして、「この世に未練はなく、いつでも殉教できるぞ!」という姿勢を歌っています。
第2番 ホ長調、『私は死んだ』というぶっとんだタイトルからお察しの通り、死の際で、愛する人に見守られながら死ぬことを歌っています。
第3番 変イ長調、「おお、愛しうる限り愛せ」では、キリスト教の牧師さんが教義してくれているような、人間愛について歌われています。

いずれの歌詞もドイツの詩人による詩からの引用ですが、リストがこれらを包含して『愛の夢』としたところに、「悲壮な」部分を感じてしまいます。

この楽曲を手がけていた当時のリストはアイドル的存在で、奔放な恋愛関係が取り沙汰されています。
マリーダグー伯爵夫人とは愛人関係が長く、子どもも授かりましたが、10年ほどで関係が消失し、そのあとはカロリーネ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人と恋に落ち、同棲生活をし、結婚を望み奮闘するも、こちらも結局破綻してしまいました。
信奉していたカトリック教会からも、結局は否定されてしまったわけです。

リストは、まさしく「愛に夢を見ていた」。
その強い願いと想いがあったからこそ、このような名曲が誕生したのだと思います。

それを学びにして翻したら、
「狂おしいほど手にしたいものを創ろう」
という発想が浮かびました。

現代社会では、もはやモノとして欲しくなるものはマーケティングの賜物だということが理論立てて分かってしまう状態です。
行動経済学の見地からしてみたら、本質的に希求するものごとさえ、人間の脳や遺伝子の仕組み上、そういった行動をとってしまうと説明できてしまいます。

もはや、わたしたちはわけもなく、行動しているわけではないのです。
そういった社会のなかでは、「愛」と呼ばれる行動すべてに説明は可能でしょう。
ただ、説明のつかない「夢」は描くことが可能で、そうしていこうと申し上げたいのです。

荒唐無稽で、自己中心的かもしれない「夢」。
それでも手にしたいものを内在から創り出すことが「妄想」という名の「夢」です。それを追い求めていく人生を歩む。

他者視点からしてみたら、実生活と創作物があまりにもかけ離れていて、整合性に欠けるかもしれません。
でも、「だからどうした?」です。
リストの人生と作品を見れば、その意が解けます。
リストが望んだ愛の夢は「幻」だったかもしれない。
けれど「夢」を描いたことで美しい作品を遺してくれました。

その人生を、わたしは讃えたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?