17回目の夏

気づけば、8月も半ば。
あんなにじめじめしてちっとも明けなかった梅雨は
過ぎてしまえば何食わぬ顔をして立ち去っていて
いつからだったのか
気にも留めないくらいに然り気無く蝉の鳴き声が
当たり前のようにそこら中に響き渡っていて、
昼も夜も関係なく虫たちがそれぞれに叫び続けてくれている夏がすきです。


滴る汗を拭いながら真っ青な眩しい空を、
或いは
温度の下がりきならいモヤっとした空気を纏いながら
ドラマチックなシリウスや蠍座を、
見上げるときだけは
夏はすきだけどどうしたってつらいです。


長女あるあるなのか
我慢強さゆえなのか
意地っ張りだからなのか
心が折れることに耐えられない弱さを知っているからなのか
感じているのに無視するという癖を身に付けていて
17年も経ったというのに
いまもなお
その悲しみを叫べないまま
ただ悲しみっていう塊みたいなものの
扱い方がわからないまま
手のひらに乗せたままじっと眺めていたらしいことに
つい最近気がつきました。


ちゃんと悲しんでよかったのに、
ちゃんと苦しんでよかったのに、
そんな私を見たらみんなが辛いとか勝手に思ったりして
感じることを許さずに
大丈夫なフリを
乗り越えたフリを
してしまうことって
ありますよね。(急に?笑)

私は
そーゆーのを
誰にも気づかれないようにするのが
とても得意でした。
いつだったか、出逢って間もないかよちゃんに
ななちゃんはきーつかいしーだからなぁー
と言われたときに
初めてバレた気がして涙腺が崩壊しそうになりました。


それもこれも
むすびに出逢ったことで人生が一変して
在り方として
『いま』を更に細かく割いて
一瞬をさらに引き延ばして覗き込むように
肉体を保ちながら空っぽにして
天地と自分を串刺しにした道具として
むすぶことに集中しようとか
そんなことをしてるうちに
今まで無視し続けてきた
沢山の自分に改めてごめんねと言いながら
もう一度再会するようなことが
勝手に起きまくったからだと思います。


そしたらあの
優しくて朗らかで日向ぼっこのような笑顔と、
声まで再生されるように甦って
不思議とまた会えたような
そしていつでもまた会えるような
そんな気持ちになれた
17回目のお盆です。


おかげさまで
それでもまだ癖で誤魔化しそうになる私にムチを打ちながら
心に感じることを素直に表現していいんだということを見守り
今更だけど練習させてもらえることは
感謝しかないです。
どんな自分でも、これが私なのだから。
自分にも他人にも、素直に正直に。
そこに恐れがなくなったのは
そこに在るというだけで安心できるような
有り難さを知ったからだと思います。


こんなタイミングで、
ギフトカタログの表紙に使われる作品の
ご依頼を戴けたのは
あまりにも運命的なご縁だなぁと
私に関わってくれたすべての人に
感謝の気持ちが湧きました✨

今年の夏も
全力で生きる。

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水引のむすびを使って作品を創っています。 むすび目には魂が宿る と、間にはとり込む力がある と言われています。むすびの不思議。袖振り合うも他生の縁。 http://couen.net