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アートセラピーってどんなもの?


今回は「アートセラピー」についてご紹介していきます。
アートとセラピーがどのように結びつくのか、実際にどんなことをするのか。
アートセラピーに関して最低限知っておきたい情報を、アートセラピストとしてもご活躍されている吉澤やすのさんにご解説いただきました。


アートセラピーとは?

全米アートセラピー協会によると、“アートセラピーとは、活動的なアート制作や創造プロセス、心理理論の応用、そして心理治療的関係から育まれる心の体験を通して、個人、家族、そしてコミュニティに所属する人々の人生を豊かに高めることを目的とした、統合的なメンタルヘルスそして人的サービスの専門分野である。”と定義されています(American Art Therapy Association)。


アートセラピーの特徴

アートなどの創作物や芸術創作活動を交えるアートセラピーには、従来の対話式・トークセラピーとは別に、以下のような特徴があります(Malchiodi, 2006)。

・創作に夢中になることで気持ちが逸れ一時的にリラックス出来る(フロー体験)
・言葉で上手く説明出来なくても、手を動かすことで見えてくる視覚情報を通じて話を進めることが出来る
・深層心理や無意識が出てきやすい
・指先などから身体の感覚を通じて脳の様々な部分が刺激される
・作品を通じて気持ちの変化を記録することが出来る
・楽しい

アートセラピーは、一般的な会話中心のセッションと大きくやり方やその目的が異なるようなイメージで受け取られがちですが、あくまでもクライアントの心のケアに焦点を当てた既存の心理療法理論を基準に、そこにアート・芸術創作的活動の要素を付け加えてセッションが行われています。
そのため、アメリカなど欧米のアートセラピスト資格所有者は、国家心理資格も併用して取得している(または同等レベルの知識を持つ)ことが一般的です。また、アートセラピストによって、得意とする理論や心理アプローチは多岐に渡るため、アートセラピーのセッション内容にも様々なバリエーションが存在します。


アートセラピーの歴史

アートセラピーの本格的な普及は1970年台以降からになるものの、始まりはフロイトの時代まで遡ることができます。

フロイトの精神分析心理学で提唱された人間の「無意識」の概念が、当時のヨーロッパでは、大きなセンセーションを巻き起こしました。フロイトの思想に影響を受けたアンドレ・ブルトンを中心に、シュルレアリスムが発足。サルバドール・ダリなど、自分の精神世界を美術表現するアーティストたちが次々誕生しました(Malchiodi, 2006)。

時を同じくして、精神疾患者を診ていた精神科医や治療者が、患者さんの描く創作物に本人の無意識の内面心理が映し出されているのではないかと、それまで漠然的に捉えられていた芸術創作表現作品への解釈に精神分析を積極的に取り入れていくようになります(Malchiodi, 2006)。

当時(初期)のアートセラピストたちは、おもに精神分析に影響を受けた心理学者・精神科医たちが中心であったため、アートセラピーは精神分析的療法であると理解されている節があるのはこのためでしょう(Rubin, 2001)。

臨床心理の現場でアートや創作活動が積極的に取り入れられるうちに、精神分析的心理療法以外にも、様々なクライアント層や心理療法アプローチに合わせて、アートセラピーも姿を変え発展していきました。

最近では、脳科学の研究が進んだことにより、おもに左脳で処理される言語とは異なり、アート・芸術創作活動は右脳を中心に情報処理されていることが分かってきました。それは、トラウマ体験の生死に直結するような感覚や愛着形成、感情の機能を司るエリアと同じ部分であり、視覚・体感情報を扱うアートセラピーがトラウマ治療など言語だけではアプローチしにくい分野の治療に効果があることの裏付けとも考えられています(Hass-Cohen, 2015)。


アートセラピーの形態

アートセラピーの形態は、個人や家族・グループセラピーに留まらず、美術教室(スタジオ)型の個人が自由に出入りし制作できるアート環境を提供しながらのセラピーや、社会運動の一部として地域やコミュニティを巻き込んで、展示会や集会・壁面ペインティングを行うようなものなど、多岐に渡ります(Malchiodi, 2006) (Rubin, 2001)。

・個人セッション
・カップルや家族セッション
・グループセッション
・スタジオタイプのアートセラピー
・コミュニティベースのアートセラピー


アートセラピーと心理療法アプローチ

アートセラピーは、もともとはフロイトの精神分析の「無意識」に大きな影響を受けて発展していった背景がありますが、現在の臨床心理の現場では、様々な理論や形態を軸にアートセラピーが応用されています。特に有名な理論のいくつかを例に、アートセラピーがどのような使われ方をするのか説明してみましょう。 (Rubin, 2001をおもに参照)


アートセラピーと精神力動的療法

芸術創作を通じて作り手の無意識が具現化されること、それを元に無意識的な本人の欲求や葛藤が発見しやすくなること。そこに着目した精神力動的アートセラピーでは、作品で描かれる(創作される)ものが本人の気持ちを投影している存在として捉え、テーマや隠れているメッセージ性に注目しながらセッションを進めていきます。『アートセラピー=絵を通じて心理分析をする』というイメージは、このアプローチのことを指しているでしょう。

精神力動学から独自に発展していったユング派は、人間の精神に内在する男女性、傾向、和洋折衷様々な文化特徴、過去からの影響や価値観が無意識のうちに本人が描くイメージや創造品に落とし込まれるとし、アートを哲学的に、文化人類学や心理学など学術的な見解と共に研究し、アートセラピーの分野に大きく貢献しました。有名な箱庭療法(サンドプレイ)はユング派のテクニックです。


アートセラピーと認知行動療法

認知行動療法的アートセラピーでは、クライアントのストレスを抱えている部分を視覚表現や創作活動を通じて体現化させ、それに対するコーピングスキルや問題解決の手段を考え出していくようなスタンスを取りながらセッションを進めていきます。画材や作りたいものを個人の権限で決めることが出来るアートセラピーは、クライアント本人が主導権を握る体験が出来るため、不安や依存症など自分の非力さを感じやすい障害を持つ方にとって、エンパワメントな感覚を与えてくれ、衝動性の抑制や本人のセルフイメージの向上にも役立ちます。また、ガイディッドヴィジュアルイメージ(Guided Visual Image) という、創作活動を導かれながら行うタイプの、メディテーションとアートを融合させたリラックス法も、認知行動療法アートセラピーでよく使われるテクニックです。


アートセラピーとパーソンセンタードアプローチ(来談者中心療法)

パーソンセンタード(来談者中心)療法を利用したアートセラピーでは、「クライアントの人生は本人が一番よく知っている」という前提の元、クライアントが問題をどう受け止め乗り越えていくのか模索する過程を創作活動を通じて一緒に見守る姿勢を貫きます。クライアントの主観的な現体験に意識を向けながら、本人が望む創作活動を手伝うような、過程(プロセス)重視のスタンスで、問題や葛藤の意味、自己に備わった素質をどう活かしたら自分らしく生きられるのかを本人が模索し表現に落とし込んでいく様子を見守る形でセラピーが行われます。

パーソンセンタードアプローチの提唱者カール・ロジャーズの娘ナタリー・ロジャーズによって始まった表現アーツセラピーは、パーソンセンタードアプローチから発展していった創作活動を取り入れた心理療法の種類を指します。(ロジャーズ,1993) また、スタジオタイプのアートセラピーも、このパーソンセンタードアプローチを大きく取り入れている場合が多いです。 


アートセラピーと家族療法アプローチ

家族療法を取り入れたアートセラピーでは、家族をシステマティック(組織的)に機能している集合体と捉えながら、視覚表現や創作活動を通して改善点を見つけ変化を作っていくことで心理的な癒しと成長を促進することを目指します。例えば、家族・カップルにそれぞれ家族全員の絵を描いてもらう課題を課したり、一つの画用紙に全員で絵を描いてもらう課題をしたり。
これらの課題に取り組む家族の様子を観察することにより、

・その家族が葛藤している人生期(ライフサイクル)が見えてくる
・家族間の話し方や動作や仕草等からコミュニケーションスタイルが探れる
・家族間の人間関係や力関係が分かり、暗黙のルールなどが読み取れる
・家族が無意識に求めていることや考えていることが見えてくる

家族全体の様子が目に見えてわかるため、家族システムの機能していない部分をセラピストが見つけ、好転的な変化への介入を促すことが可能になります。


アートセラピーとクライアント層

アートセラピーは比較的にどのクライアント層にも使うことが出来ます。意外かもしれませんが目が不自由な方にも使われることがあるのです(Rubin, 2005)。  体感を利用した、例えば編み物や粘土、工作など、触覚や聴覚、動作など視覚以外からも情報が得られる創作物や活動は数多く存在しており、アートセラピスト達はクライアントの状況に合わせて、品を変え術を変え様々な創作活動を提案しながらセッションを行います(Malchiodi, 2006)。
会話でセッションが可能なクライアントはもちろんのこと、会話だけでは難しいこのようなクライアント層にもアプローチが可能となります。

• 小さな子供
• 思春期の青年
• 個人の状況を上手く説明することの出来ない人
• 摂食障害など認知とリアリティに大きな差異がある人
• トラウマを抱えた人や体感を利用したセラピーが効果的な人
• 認知症など認知や言語能力に障害を持つ人


アートセラピーの画材の説明

アートセラピーに利用する画材は、鉛筆や色鉛筆といったものから絵の具や粘土まで多岐に渡ります。種類が多く、各画材傾向が大きく違うので選び方に注意が必要になってきます。おもにそれらは、使い手であるクライアントさんコントロールがしやすいかそうでないかにより、選び方を変えていきます(Malchiodi, 2006)。

キャプチャ

(画像は筆者の運営するbunkaiwa.comより引用)

例えば、鉛筆や色鉛筆、フェルトペン、マーカー、コラージュなどは、比較的、クライアントさんが慣れ親しんでいるもの、そして扱いやすいことが特徴であり、利用の際に心のハードルが低い媒体と言えるでしょう。

特に、鉛筆に関しては、消しゴムで消して描き直せる点が、コントロールがしやすい点で一番使いやすい画材です。

逆に、コントロールがしにくい媒体というのは、水彩画や柔らかい粘土、チョークパステル等を指し、こちらに属す媒体は、流動的な特性ゆえ、利用時に思い通りにならない部分があり使い手のコントロールが難しいことが挙げられます。そのため、思い切り感情を放出しながら自由に創作したい人には向いていますが、不安が強い人やトラウマの感情抑制が出来ていない段階の人がいきなり使ってしまうと逆に気持ちが溢れてしまうなどの逆効果が起きてしまう場合もあるでしょう。

また、画用紙のサイズの大小も考慮に入れる必要があり、小さい画用紙の方が比較的扱いやすいです。

そのため、クライアントさんの状況によりますが、第一回目のセッションでは、小さめの画用紙(A4コピー用紙のサイズなど)に本人が扱いやすい鉛筆や色鉛筆、マーカーなど、もしくは数を限定したコラージュなどを使う創作が紹介されることが多いです。


アートセラピーのよくある誤解

アートセラピーは日本語の情報量が極端に少ない分野です。
よく誤解されがちな項目を適切な回答と共に解説してみました。

Q)アートセラピーは芸術センスがある人のもの?
A)違います。アートセラピーでは、作品の良し悪しを図ることは一切せず、創作行為の過程で起きる心の変化を大事にします。しかし、「絵が上手く無いから」とアートセラピーをためらう方は後をたちません。そのため「絵の出来を評価されるのではないか」と創作活動が思い切り行えないクライアントさんの不安を取り除くためのノンジャッジメンタルで安心できる環境をセラピストが提供することは必然です。

Q)絵から人の心を読むことは出来るのか?
A)できません。特定のテーマのもと描画してもらったものからアセスメントを行う場合はありますが、クライアントさんが自由に描いた作品をセラピストが一方的に解釈することは絶対にありませんし、そこから心を読むことは出来ません。クライアントさんの作品を理解する際には、セラピストが絶対にクライアントさんから何を描いたのか説明をいただくこと、本人が何を表現しようとしたのか理解することが大前提になければなりません。

Q)アートに国境は存在しない!?外国人のカウンセリングが簡単になるかも?
A)残念ながら簡単にはなりません。アートや創作物が主体であったとしても、クライアントさんの描いたもの・創作したものがどのような意味合いを持つのかを理解するには、絶対に本人の説明を聞かなければなりません。特に、セラピストとクライアントの文化背景が違う場合は、セラピスト側の偏見や前提を無くした上でクライアントさんの説明を理解していく姿勢が大切になります(Acton, 2001) (Hocoy, 2002)。


用語説明

◯画材:アート制作を行う際に使う材料・媒体のことを指します。

◯表現アーツセラピー
アート・芸術創作物を中心にセッションを行うアートセラピーとは違い、音楽や演劇・ダンスなどアート以外にも芸術創作活動を取り入れて行うスタイルの心理療法の手段。クリエイティビティ(創造性)が人間に与える影響力について、アートセラピーと同じ理念の元、研究されている分野です。

◯サンドプレイセラピー
箱庭療法の英語名として紹介される「サンドプレイセラピー」ですが、ユング派のトレーニングを受けた者以外が利用する場合は、「サンドトレイプレイセラピー」と呼ばれます。これは、ユング派による呼称であるためです(Rae, 2015) 。

◯フロー
例えば、テニスプレーヤーがボールの動向に全神経を注ぎ相手に球を打ち返すような、快感を伴う感覚に近く、自身が今その瞬間に活動中の内容に対して全神経を集中して無心に取り組むような精神状態を指します。心理学者のミハイ・チクセントミハイ博士がアーティストを観察するうちに発見・提唱されていった言葉で、人間は、何かの活動中に「フロー」という精神状態に入ることによって幸福感(強く喜びを感じたり人生の意味を見出すこと)を得ることが出来ると話しています (Csikszentmihalhi, 1998=2010)。


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