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不思議な生き物|小林大輝『植物癒しと蟹の物語』【本文公開4】

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#note の読書感想文コンテスト「 #読書の秋2021 」の課題図書、
小林大輝さんの著書『植物癒しと蟹の物語』の
本文P46〜53を公開します。

*コンテストのお知らせはこちらをご覧ください。

#植物癒しと蟹の物語

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不思議な生き物


 路地を歩きながら、これからどこへ行こうかと考えていたら、ぽつぽつと雨が降り始めました。ぼくは行きつけの駐車場に駆けて行き、自動車の下へ潜り込むことにしました。
 もう数週間も使われていない車両が1台あったのを覚えていたので、そこで夜を越すことができるはずだと考えたのです。

 ところが運の悪いことに、駐車場に停まっている車は1台もありませんでした。どうしたものかとあたりを見渡していると、幸運にも1台の車が戻ってきました。それはさっきまで当てにしていた数週間も使われていない車両でした。
 これ幸いと喜びに尻尾を振って、車両が停まったのを確かめると、素早く車体の隙間に潜り込みました。先ほどまでエンジンが稼動していたおかげで、じんわり温かかったのもありがたいことでした。そこで丸まってぬくぬくしていると、2人の女性と1人の男性がドアを開けて車から降りてきました。

「おいしかったなぁ」
「この日のために薬を断ってきて正解だった」
「ほんまによう食べたねぇ」

 遠ざかっていく傘に隠れた2人の女性の服の端に、Reasonと刺繍がされているのを眺めていると、こちらに背中を向けているもうひとりの男性と目が合いました。いえ、正しくは男性の肩に乗っている、見たことのない生き物と目が合ったのです。ぼくはとても驚き、立ち上がろうとして車体に頭をぶつけてしまいました。
 その生き物の体は透明で、10本の長い脚を持っており、その脚を広げてまるでリュックサックのような形で男性の背中につかまっていました。光沢のあるとげとげとした甲羅には模様が浮かび上がっており、そこにはNothingと記されていました。10本脚の生き物はじっとぼくを見つめたまま、表情ひとつ変えずにこちらへ向かって言いました。

「病院に来いよ」

 この不思議な生き物の真っ黒な真珠のような瞳に、夢の中で崖から飛び降りたときよりもっと暗い深淵を垣間見たような気がしました。
 ぼくは彼についていくことに決めました。そう思わずにはいられなかったのです。
 なのに──次の瞬間、ぼくは突然おそるべき眠気に襲われてしまいました。あの黒い真珠のような瞳を見ていたせいかもしれません。ぼくはまた眠り、夢を見ました。

 夢の中のぼくはまだ城へ向かう途中で、熱気にあふれる地底を眠れる獅子と一緒にさまよっていました。

「病院が何なのかは知ってるんだ。ヒトが体を良くするための施設だ。あそこはみんな綺麗好きだから、ぼくみたいな毛むくじゃらはまず入れない。運良くまぎれ込んでも、すぐ追い出されてしまうだろう。どうしたらいいと思う?」

 ぼくは知らないうちに独り言をたくさんしゃべっていました。眠れる獅子がこれを聴いてどう思ったか気になり、顔を覗き込みましたが、相変わらず彼は目を閉じたまま、こちらを見向きもしません。尋ねたことには答えず、眠れる獅子が言いました。
「お前はどうして植物を癒やして回るのだ」

「それがぼくの仕事だからだよ」
「仕事の報酬に何を得る?」
「何かを得る必要がある?」
「得るものがなくとも構わぬというのか?」
「たとえば植物は空気を綺麗にしても見返りを求めない」
「そうだな」
「海は汚れを洗い流しても見返りを求めない」
「そうだな」
「太陽は光を与えても見返りを求めない」
「そうだな」
「ぼくはそういうものになってみたいんだ」

 いつの間にか目の前に、衣装部屋が現れていました。でも、地上とはずいぶん様子が違います。クローゼットのハンガーにはひとつも服が掛かっていないのです。
 よく観察してみると、ハンガーのすぐ下にNothingという文字が浮かんでいるのに気がつきました。どうやら目には見えない透明な服のようです。

「お前の仕事にはどんな意味がある?」
「意味なんかないよ」
「では、なにもないのか?」

 眠れる獅子が燃えるたてがみを揺らしながらNothingのハンガーに爪を掛けました。きっと炎を纏っているから、眠れる獅子はReasonを着ることができないのだなぁ、とぼんやり思いました。

「なにもない? いや、そんなことはない」
「ではなにがあるというのだ?」
「いまはまだわからないけど」
 ぼくは素直な気持ちで城を見つめて、まっすぐ衣装部屋を通り過ぎました。
「きっとなにかはあるよ」
「よろしい」

 眠れる獅子は満足げにNothingのハンガーをつかんでぼくに手渡しました。目を瞑ったまま、鼻息をまた荒くして轟々とたてがみを燃やします。
「眠りなさい」
 言われたとおりにぼくはうとうとし始めました。
「起きて夢を見るよ」

 目を覚まして起きたとき、ぼくの体は水のように透き通って、これまでになかったある模様が浮かび上がっていました。Nothingと記されていたのです。


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ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

次回は10月28日(木)に
P55〜61「解る虫」を公開します。
お楽しみに!

本書『植物癒しと蟹の物語』は全国の書店、コトノハストアAmazonなどのネットショップでご購入いただけます。
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