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自分らしさを見直すことと小人が与える影響力の話

自分らしさとは。
音楽がライブがフェスがすき。やりたいこと、着たいもの食べたいもの、全てを自由にしていたら、本当に元気が出てきた。自分に戻ってきた。らしさの為に必要な事を忘れていた、つい最近まで。(昨年2019秋に書いた記事のリニューアル版です。)

ファッションも今であれば、かつての恋人が来て欲しいと買ってくれた、飛び跳ねた鹿が複数描かれた古着のセーターは着ないし、この辺かな?という万人受けっぽい無難なデザインを選ばないし、スピリチュアル系の人に会うからといって、神さまのような格好もしないだろう(むしろどんな服)会う人 ( TPO ) によってそれとなく近そうなタイプのものを考えて日々、洋服を纏う。それは誰もがやっていることかなぁと思うけれど。だが、そもそも、今のじぶんと近い存在の人とはなんとなく、洋服に限らず、思考まで自然に一致していたりする気もする。なぜならば、どんな洋服を選び、買うのかということ自体が自分の理念であり、投票であると思うし、その思想が似ていなければ、近い存在(仲良く)にはなりにくいから。

ファッションに限らず全ての事に関する、影響というのは環境や一緒に暮らすひと、尊敬するひと、友人、会ったこともない作家さん、アーティストなど様々なところから受けているだろう。それがいい悪いということではなく、自分の中にちょこっと小人(人の意見や思考 スタイルとか影響)が入るみたいな感じ。

たまに自分が共感できないタイプの小人の受け入れを拒否しないでいると、自分の望みに霧がかって見えづらくなり、そうするとマインドと心が違う動き方をしていって、それがだんだん本来の自分のものとズレてくると違和感になり、いわゆるモヤモヤするという状況になる。これは例えば、勤めていたり、学校だったり、何か望まない環境、主に好まない人たちによって持ち込まれる小人たちである。もしくはNOと言えない人の場合は流されて、他人の小人でいっぱいになるであろう。

でもだからといって、入ってきた小人たちが、必ずしも違和感になるというわけでもなく、タイミングによっては、そこで気づきを得るきっかけとなり、自分の血肉へと変わることもあると思う。また小人は一瞬、入ってくる者もいれば、すぐにご退出して頂くパターンの方もいたり、日々日々変わりゆくものだろう。

こんな風に、生まれてきてから今の今まで、なにかしら、だれかしらの影響を受けながら人は生き続けていく。今、じぶんのスタイルだと思っているものも、親や今まで関わってきた人、こうなりたいと憧れた人たちの影がどこかしらにあるだろう。

それがふと本来の、素の自分だけに目を向ける瞬間というのは、よほど意識をしていなければ、生活の中ではなかなか持ちにくいと思われる。わたしでさえ、場面により、娘である、妻である、セラピストである、事業主である、などのいくつかの肩書きを背負って生きているし。

だからこそ、自分を主にして自分の中を感じることはすごく大切で、その時の環境などからくる、小人の見極めの時間が重要になってくる。そういうことに気がついていられれば、自分らしく、自分をちゃんと生きること。ができやすくなるのではないかと思う。

方法としては、内面をみつめ、静かに受けられるセラピー、クリパルヨガ、エサレンマッサージ、瞑想、リーディングを受ける、などの時間を設けることや、本当に心を開ける本音だけを言える友人またはセラピストに、ただ話を聞いてもらうなど。(じぶんの意見、価値観を押し付けてこないひと。)リラックスさえしていれば、本当のことは見えてきやすい。

あと、日常的に何かプラスワンするならば、フラワーエッセンスもオススメ。メールリーディング後は、1日に数回ただのむだけなので、時間はかかりません。そんなところがわたしにも向いている。

それに、思考に限らず、持ち物なんかもその類であり、いわゆる片付け、断捨離といわれているものは、そんな思考と物を整理するひとつのツールなわけで、自分の望みをちゃんとわかってあげることに繋がる。(こんまりさんの言う所のトキメキ)それをすることによって、大切にしたいものを可視化できるので、その作業からも今の自分が確認できるし、片付けられると身体も心もスッキリしてくるので、そのあたりもきちんとすると、気持ちがよく、自分も見直せて、とてもよき。

そんなことの積み重ねをしながら、時々で瞬間に自分の意志での選択を心からできるようになると、見直すときにかかる、時間や労力も縮むし、世間のいうところの自分を大切にする。ということなのではないかと思う。


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