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ショートショート22 「目覚めた男」

(白い天井…そうか、とうとう俺は目覚めたんだな。)

病室の天井を見上げながら初老の男は心の中で呟いた。

気まぐれに買った宝くじで7億円に当選した後、どう扱っていいか検討もつかない喜びも束の間、世界規模で未知の疫病が蔓延した。

街の経済は止まり金を使おうにも使えない日々。外を出歩けば誰から病気を移されるかも分からない。世の中に閉塞感が立ち込める中、世界初の試みとしてコールドスリープの治験者が募られた。

被験者を冷凍睡眠状態にし、無菌室に隔離。この未知の疫病への治療法が確立された未来に再び目覚めさせるという、曰ば未来へ避難させる治療法だ。

両親はすでに他界しており、結婚もしていない天涯孤独の身。何年コールドスリープ状態だろうが、困る肉親もいない。

治験段階のため、料金は格安…と言っても3億円という大金だったが、疫病にかかり金の大半を使えないまま死を迎えるくらいならば、いっそ未来で4億を手に、楽しい余生を過ごそうと男は考え、治験に申し込むことにした。

カプセルの蓋を内側から見つめた記憶を最後に、目を覚ますと個室のベッドの上だった。

首に聴診器をかけた医者がやってきて言う。

「おめでとうございます。疫病は特効薬が開発されており、今となっては、ただの風邪と変わりません。あなたの体にもワクチンは投与してあります。安心して元の生活にお戻りください。」

「ありがとうございます。ところで、今は西暦何年ですか?」

答えを聞き、今は眠りについてから4年後の世界だと言うことを知った。

3日ほど、様子見のため病室で過ごした後、退院した男は街に出た。4年では、そんなに驚くような変化もない。

さてさて、一体どんなことに金を使おうか。

これからの明るい生活を想像し、男は口元が緩んだ。

何はともあれ喉が渇いた。男は手近なコンビニに立ち寄ると愛飲していたペットボトルのコーヒーを手にレジに向かう。

お金があるのだから、もうちょっといいものを飲んで良さそうなものだが、生まれついての金持ちというわけではない男には、飲みなれた味が恋しかったのだ。

ペットボトルのバーコードが読み取られ、

「1200万円です。」

と、至って真剣な顔をして若い男性の店員が告げる。

「は?」

思わず聞き返す男に、事もなさげに店員は繰り返す。

「お会計、1200万円になります。」


低迷した経済対策として、紙幣の増産が選択された後の社会。物価が10万倍に高騰したハイパーインフレ社会に放逐されたことを男が理解するまでに、それほど時間はかからなかった。

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