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嵐の夜よ 嵐の夜よ!【エミリ•ディキンスン#249】

独りの夜はもやもやする。もやもやどころか、どうしようもなく燃えだす。そこで『Wild nights』を訳してみたい。

Wild nights - Wild nights!
Were I with thee
Wild nights should be
Our luxury!
Futile - the winds -
To a Heart in port -
Done with the Compass-
Done with the Chart!
Rowing in Eden-
Ah - the Sea!
Might I but moor - tonight-
In thee!
(#249)

このエミリ•ディキンスンの代表的な詩にはたくさんの翻訳がある。手もとの本から4つの翻訳を読んで(全文はうしろにあげた)それぞれ一言で評すると、「新倉訳は古めかしい」「千葉訳はつっこみが足りない」「亀井訳は岩波文庫らしくまっとう」「中島訳はロマンチック」。大差はないが、いずれかと言われたら私は中島完訳が一番いいと思う。だがまだツッコミが足りない

この詩は悶える女の性がテーマだ。ディキンスンが別の詩(J368)で詠うように「待つのはつらいの」「独りはいや」「口に出せない苦しみ」なのだ。抱かれたい、高みに連れて行ってほしいと詠う。そうもっと強く訳してみたい。

いくつかポイントをあげる。Luxuryとは「いい気持ち」と「お金」で、併せて「色欲」という意味になる。CompassやChartは「手ほどき」だろう。そんなものは不要でしょ、抱いてという意味だ。また、3連目の後半にあるmoor(錨を下す)という単語から「この詩は男の視点で描かれている」という評者もいるが、それは勘違いだ。2連の冒頭にFutile「離そうったってむだよ」という単語がある。女は港、男はどうしてもそこに引き寄せられる存在だ。あくまで女が男を求める詩である。

ということで、熱訳してみよう。

嵐の夜 嵐の夜よ!
あなたがいてくれたら
嵐の夜も
愛の嵐になる

風が吹こうが離されない
私の港の奥へきなさい
羅針盤なんかなくても
海図なんてなくてもー

絶頂(エデン)の園へ
こぎだせば 愛の海
今宵こそあなたに
錨をおろせたなら

(ことばのデザイナー/筆者訳)

訳してみてやはり気になるのが、3連目のラスト2行の意味である。私は男なのでどうしても「入らせていただく」というイメージになる。もちろん許可は求めた上でですね。では女からしたらどうなのか。かつてある女に聞いたことがある。彼女はこう言った。

「包んであげるというイメージかな

実に印象的だった。男はとかく「俺が快楽をさずける」思いが強い。それはひとりよがりだ。男も女も相手の喜びのために奉仕するというのがたいせつなのだ。とするとLuxuryすなわち贅沢とは、そういう男と女の組み合わせは希少であり贅沢なものだ、とエミリは言っているのかもしれない。

性の孤独はつらい。その孤独ゆえに人格が歪み、行動が変になることもある。自暴自棄になり好きでもない相手を好きになる。すると事件が生まれる。だからあえて孤閨を貫くこともある。性はひとりぼっちの最大の弱点ではないだろうか。そこにエミリの詩の本質があると私は見ている。

最後に各翻訳者の訳文をあげる。

【新倉俊一訳】
嵐の夜よ 嵐の夜よ
あなたとともにいることができれば
嵐の夜も
こよない楽しみ!
港にいる心には
風の力もむなしい
羅針盤も捨て
海図も捨てて
エデンのなかを漂う
ああ海よ
今宵こそいかりをおろすことができたなら
あなたのなかにー
(『エミリ•ディキンスン評伝』)
【千葉剛訳】
嵐の夜よー嵐の夜よ!
あなたと共に過ごせるなら
嵐の夜も
この上ない楽しみとなるでしょう!
港に停泊している心には
風もーむなしいー
羅針盤を捨て
海図も捨てて!
エデンの中を漂えるとはー
あぁ 海よ!
今宵こそーあなたの胸にー
錨をおろすことができるなら!
(『エミリィ•ディキンスンーアマーストの美女』)
【亀井俊介訳】
嵐の夜ー嵐の夜!
あなたとともにいられれば
嵐の夜も
豪奢のきわみ!
気にならぬー吹く風もー
港に入った心にはー
羅針盤もいらないー
海図もいらない!
エデンの園を漕ぐ思いー
ああ、海よ!
ただ錨をおろせたならー今夜ー
あなたの中に!
(『対訳ディキンソン詩集』岩波文庫)
【中島完訳】
嵐の夜よ 嵐の夜よ
あなたとともに過ごすなら
たとえ嵐の夜であれ
私たちの饗宴だ
風も無駄だ
港のこの奥深い胸へまではー
もう羅針板もいらない
もう海図もいらない
楽園(エデン)の中を漕いでゆけるとは!
ああ 海よ!
今夜 あなたの中に
私が錨をおろすことさえできたなら!
(『自然と愛と孤独と』)

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