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「京都国立近代美術館 - 竹内栖鳳 『 春雪 』 彫刻エンボス加工 【前半】」

コスモテックの前田です。
コスモテックは以前 2017年~2019年 の3年間にわたり、京都国立近代美術館 「 さわるコレクション 」 ( ※1 )の製作物の加工のお手伝いをさせていただきました。

※1 「 さわるコレクション 」 とは?
京都国立近代美術館に所蔵される代表作を選び、さわる図( 触図 )と文章で紹介する教材のこと


そしてこの度、2020年~2022年の2年間にわたって 「 さわるコレクション 」 制作プロジェクトチーム( ※2 )の一員として、コスモテックから私と青木が参加させていただきました。

プロジェクトのキックオフミーティングは
コスモテックの現場にチームが集まりスタート!


前回( 2017-2019年 )は京都国立近代美術館のご担当者さまから、あらかじめ決められた触図データがコスモテックに入稿され、製作( 加工 )に取り掛かるという流れでした。

2020~2022年の2年間に及ぶ今回のプロジェクトでは、京都国立近代美術館に所蔵されている、『 触れて楽しむための絵画を選ぶ 』 現場にも立ち会う機会をいただきました。

※2 制作プロジェクトチーム(2020~2022年)
京都国立近代美術館( 本橋仁・松山沙樹・牧口千夏 )
アーティスト 中谷ミチコ
研究者 半田こづえ
コスモテック( 青木政憲・前田瑠璃 )


よりリアルな触図シートづくり

絵画( 京都国立近代美術館 所蔵の代表作 )を視覚障害がある方にも楽しめるものとするべく、下記のプロセスを経て、最終的に真っ白な紙面上に絵画をリアルなエンボス( 浮き出し )加工のみで表現し、手で触って絵画を感じることが出来る触図シートをつくり出します。

【 制作過程 】
① 絵画を選定
② 選ばれた絵画をレリーフ化
③ レリーフから3Dデータを作成
④ 3Dプリンターで紙面に表現した模型を作成
⑤ 彫刻エンボス版を作成
⑥ 触図シート完成

絵画の雰囲気を、指先からよりリアルに感じ取ることができるように、今回コスモテックで加工するために製作した版は 『 彫刻エンボス版 』 です。 表現方法は至ってシンプル。

「 紙を盛り上げて図案を浮き出させる 」 というものです。

加工方法はシンプルですが、最終形に辿り着くために、沢山のプロフェッショナルの方々のお力添え、そして貴重なご意見が活かされ、形づくられております。今回はその舞台裏をご紹介します。

① 京都国立近代美術館 収蔵庫にて絵画を選定

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東京から京都へ。青木と共に出張し、京都国立近代美術館の裏側、数々の名画や、誰もが知っている著名な作品が大切に、厳重に保管されている収蔵庫に入り、お題となる絵画選びをする現場に立ち会わせていただきました。

このような貴重な体験はこの先一生無いかもしれないと思うと、緊張と感動で胸が高鳴りました。

お題となる絵画の選定を行うのは、アーティストの中谷ミチコさまです。
中谷さまは美術家・彫刻家であり、2020年の作品、幅9メートルのパブリック彫刻 『 白い虎が見ている 』( 設置場所:東京メトロ銀座線虎ノ門駅の渋谷方面行ホーム )が記憶に新しく、その迫力に魅せられた人は数多くいらっしゃると思います。


アーティスト 中谷ミチコさまにより収蔵庫から選ばれた絵画は、竹内栖鳳( たけうちせいほう )の 『 春雪( しゅんせつ ) 』 という日本画です。
プロジェクトでは 『 春雪 』 を白い紙へのエンボス加工のみで表現することに決まりました。  

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竹内栖鳳 『 春雪 』
制作年  : 昭和17年(1942年)
材質・技法: 絹本・墨画淡彩
寸法   : 74.3 × 90.9cm

収蔵庫で拝見した 『 春雪 』 の原画は 74.3 × 90.9cm と大きく、迫力があります。この絵画を手元でも楽しめるように平面( 日本画 )から白い紙面上に図案を立体化( エンボス )するにあたって、まずはアーティスト 中谷ミチコさまが 縮小サイズでレリーフを作成しました。

竹内栖鳳 『 春雪 』 をそのまま見て分かるのは、大粒の雪が舞い降る様、カラスのふかふかした暖かそうな羽根の雰囲気、木造の素朴な舟の木目など。 

今回のプロジェクトでは、これらのパーツを、最終的に指先で触れて感じ取れるようにし、それらの印象を繋ぎ合わせていくことで全体像である竹内栖鳳 『 春雪 』 の日本画の情景がふわっと目に浮かぶものを真っ白な紙面上にエンボス加工で表現するのです。

こうして、エンボス加工によって指先から、よりリアルに日本画の 「 イメージを伝える 」 ・ 「 情景を感じさせる 」 、かなり難易度の高い挑戦が幕をあけたのでした。 

② 竹内栖鳳 『 春雪 』 をレリーフ化 

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アーティスト 中谷ミチコさまが製作したレリーフ


アーティスト 中谷ミチコさまの手によって形づくられた縮小サイズのレリーフ。とても美しく、美術館の収蔵庫で見た、竹内栖鳳 『 春雪 』 の絵画がこうして立体化されて目の前にあることに感激しました。

レリーフが完成した時点でプロジェクトチームが再度集合し、レリーフを前にして、竹内栖鳳 『 春雪 』 のとらえ方、表現について確認作業を行いました。また、今回のミーティングから研究者 半田こづえさまが合流。

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コスモテックの現場に再集結
真ん中にいらっしゃるのが研究者 半田こづえさま
その左横にはアーティスト 中谷ミチコさま

ここで、研究者 半田こづえさまの視点・意見を取り入れていきます。
視覚障害者の方々のための美術の鑑賞方法を研究されている半田こづえさまは、ご自身も全盲でいらっしゃいます。レリーフを実際に触っていただき、半田さまのご意見や感覚にメンバー一同が耳を傾け、寄り添います。

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カラスの繊細な羽根表現、くちばしの独特の曲線が美しい


竹内栖鳳 『 春雪 』  のレリーフ化において、最初はやはりどうしても視覚的要素が強くなります。そこに触感的アプローチと研究者 半田こづえさまならではの感覚とアドバイスを取り入れていくことは、今回のプロジェクトにとって一番重要な部分です。

『 寄り添う形 』 を見つけること。

半田さまがレリーフを丁寧に指で撫でていき、
「 これは鳥のような感じがする。これは鳥の目かな? 」
「 このポコポコと盛り上がって、サラッとした感じのものは何かしら? 」

など、指先へと伝わったレリーフの情報や半田さまが感じたことを言葉で表現してくださることで、原画やレリーフが見える状態の私たちにはない発見が生まれていくのを感じました。

原画やレリーフが見えている状態の私たちにはカラスであっても、半田さまには鳥であったり。指先で得た情報から、半田さまがどんどんレリーフのイメージを言葉で表現して下さり、そこで生まれる質問や疑問にお応えする作業が繰り返し行われました。

質問、答える、質問、答える…
まるで、見えないパズルのピースをプロジェクトチーム一丸となって埋めていくことで、竹内栖鳳 『 春雪 』 が完成していくかのような、そんな感覚にもなりました。

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舟の中にも雪が徐々に積もってきているのが分かる


「 ここのでっぱりの主張はもう少し弱い方が良いかもしれない 」
「 ここは強調した方が、絵がより引き立つのではないかしら? 」 

など、頂いた沢山のアドバイスから、目が見えない方へも絵を『 伝える 』 『 伝わる 』 ことについての大切さや難しさを、研究者 半田こづえさまから勉強させていただきました。

このように視覚の世界と触覚の世界、両者が寄り添う形から、エンボス加工で紙面に再現するための版づくり( 加工で使用する金属版作成 )へとつながっていったのです。

③ レリーフから3Dデータ(モデル)を作成

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アーティスト 中谷ミチコさまが形づくった 『 春雪 』のレリーフ 。
そこに加わった研究者 半田こづえさまの貴重なご助言。

次の段階では紙面へのエンボス加工に使用するための金属製の版を作らねばなりません。版づくりでご尽力いただいたのはツジカワ株式会社です( 最終的に彫刻エンボス版を作成していただきました )

中谷さまのレリーフと半田さまのアドバイスをツジカワ株式会社にお渡しし、まずは絵の3Dデータを作成します。紙面上にエンボス加工をする際、レリーフのような高さで紙を盛り上げることは困難なため、紙面の盛り上げの予測値を導き出し、1.1mm と 1.5mm という2パターンの3Dデータを作成していただきました。

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1.1mm 紙を盛り上げた時の3Dモデル
カラスの部分は羽根が頭から細かい・中間・粗いの3段階で作成


紙をいざエンボス加工するうえでは、紙の表面が硬いと盛り上げ難かったり、また、紙が薄いとエンボス加工した際に加圧で紙が破れてしまったりと、紙加工ならではの様々なトラブルが潜んでいます。それらを極力抑えながら、エンボス加工する機械で紙にかけることができる圧力の限界値なども見極めなくてはなりません。

様々なコンディションを想定し、紙面に表現できるエンボス( 浮き出し )具合を、まずは3Dデータ上で確認します。

3Dデータ化されることで感じたのは、立体物がこうしてデスクトップの画面でも凸凹の具合を見て取れる、確認することができるテクノロジーの凄さはもちろんなのですが、その反面、改めて人の手仕事や感覚の素晴らしさを再発見、再確認できたように感じます。

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こちらは 1.5mm 紙を盛り上げた時の3Dモデル


アーティスト 中谷ミチコさま、研究者 半田こづえさまが捉えた絵の表現がコンピューター上でデジタルデータに変換されるのですが、ピシッと整えられたデータを見ながら、逆にコンピューターには再現できない人間の持つ感覚の繊細さ、素晴らしさを改めて感じる機会にもなりました。

また、もしも京都国立近代美術館 所蔵の竹内栖鳳 『 春雪 』 の日本画そのものから直接3Dデータを作成した場合、おそらくは今回の3Dデータと 「 似て非なるものになったのではないだろうか? 」 とも想像したりもしました。

このプロジェクトでは、目の見えない方々にも楽しんでいただける形に 『 春雪 』 が整えられ、シンプル化されています。そのため、絵の中から失われる線や表現もあるのですが、ここには中谷さま・半田さまによって、この絵画の粋が抽出されているのだという確信を得ました。

④ 3Dプリンターで出力して検証

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ツジカワ株式会社にて製作した3Dデータから3Dプリンターで出力し、紙面上にエンボス( 浮き出し )加工をした時の模型( イメージモデル )を作成。このイメージモデルと、アーティスト 中谷ミチコさまが製作したレリーフの2つを持ち寄り、再びコスモテックの現場にて 『 触る 』 比較・検証を行いました。

今回も 研究者 半田こづえさまに多大なご尽力をいただきました。

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半田さまの前にレリーフと3Dプリンターで出力したイメージモデルを置いて、半田さまが2つを比較しながら、部分ごとに触り、指先の感覚で絵画を確認していきます。前回のレリーフ検証時にも感じたことですが、半田さまの指先はまるでセンサーが入っているように繊細に、敏感に絵の情景を拾っていきます。


「 イメージモデルのカラスは、羽根が頭から細かい・中間・粗いの3段階で表現していて、羽根の雰囲気が伝わり易い 」
「 レリーフ時には舟の中の雪を感じとることができたものが、3Dプリンターのイメージモデルだと少し感じとり難くなっている 」
「 イメージモデルの舟の先端部をよりレリーフに近づけて、舟の雰囲気をより出すことはできないだろうか? 」

などなど……  

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カラスの部分は羽根が頭から細かい・中間・粗いの3段階で作成


いただいた貴重なご意見をつぶさに版製作の指示書に書き記していきました。この後、この指示書をもとにツジカワ株式会社にて版作成データの最終調整を行い、そこではじめて今回の加工である 『 彫刻エンボス加工 』 に使用する金属製の版が完成します。

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私の日々の仕事の中では、お客様からデータを入稿いただき、版の手配をし、出来上がった版を用いて紙へ箔押しやエンボス加工などを行います。

いつもは版の手配はほぼ一瞬です。
しかし、今回のプロジェクトは異例中の異例。こうして版データを、会話を重ね、丁寧に作成するところから関わらせていただいているのですが、なかなかの時間と手間がかかっています。

ただし、それ以上に人と関わり合いながら作品を理解し、人と人との歩み寄りから生まれる表現の在り方など、数多くの発見や感動が凝縮されており、すばらしい経験になりました。

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「 舟の中に積もった雪 」 一つ一つのパーツを
丁寧に考える作業をメンバーと共に行いました

⑤ いよいよ彫刻エンボス版を作成

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ツジカワ株式会社が丁寧にまとめて下さった最終データ調整箇所


チームミーティング時に書き記した修正ポイントの指示書からツジカワ株式会社がデータを再調整。細かいニュアンスを以前のデータ内に盛り込んでいきます。

整然と美しく形づくるということではなく、どこかいびつで不均一な、人間的な感覚を残すことで絵画の持ち味を活かすことを重視しました。今回のチームメンバーからも 「 綺麗に整え過ぎないように 」 という意見が挙がっていました。

竹内栖鳳 『 春雪 』 の原画の持ち味を大切にしつつ、アーティスト 中谷ミチコさまのレリーフの凸凹感により近づけ、さらにはそこに研究者 半田こづえさまの助言を組み合わせ、 最終的には真っ白な紙一枚の中に、触覚のみで感じることができる 『 春雪 』 の世界を作り上げていきます。

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より 『 伝える 』 ・ 『 伝わる 』 を意識して
新たに 1.65mm 紙を盛り上げた時の3Dモデルデータを作成


もしも原画から直接デジタルデータを作成した場合は、恐らく一発目のデータ作成で完結していたように思います。しかし、そのデータで製版し、紙面にエンボス加工することで竹内栖鳳の 『 春雪 』 が本当に目の見えない方にも伝わる形になっていたのかについては疑問が残ります。 

原画そのままでなく、一度レリーフ化し、さらにそこに研究者のアドバイスが乗ることによって、絵画を触って味わうための表現、説得力、リアリティなどが生まれていくのを目の前で感じました。

そして… とうとう長いプロセスを経て、完成した 『 彫刻エンボス版 』 がこちらです。いよいよ後半の記事では、この版をコスモテックの加工機にセッティングして、紙を盛り上げます。

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後半に続きます! 
( 後半の記事は 2022年4月23日 公開予定! お楽しみに! )


【 箔押し加工 】

有限会社コスモテック 現場リーダー 前田瑠璃
〒174-0041 東京都板橋区舟渡2-3-9
TEL:03-5916-8360 / FAX:03-5916-8362

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