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「京都国立近代美術館 - 竹内栖鳳 『 春雪 』 彫刻エンボス加工 【後半】」

コスモテックの前田です。

【前半】 は今回のプロジェクトの内容、そして 『 彫刻エンボス版 』 が完成するまでの経過をご紹介させていただきました。

【後半】 は完成した 『 彫刻エンボス版 』 を用いての加工、触図シートが完成するまでをご紹介します。


彫刻エンボス加工とは?

「 通常のエンボス加工と彫刻エンボス加工では、どのように違うのでしょうか? 」 とご質問をいただくことがあります。

その大きな違いは腐食の彫りの深さにあります。
彫刻エンボス加工に使用する版は腐食の彫りの深さが複雑な立体形状になっているため、紙面上に繊細且つ大胆な浮き出しを表現することが可能なのです。

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対して、日頃エンボス加工で使用しているスタンダードなエンボス版は腐食の彫りの深さが一定なため、紙面を盛り上げた時も、高さの異なる立体感を作ることはできず、盛り上がり方も均一になるのです。

コスモテックの日々の仕事の中では、ほとんどの場合は通常のエンボス加工であり、『 彫刻エンボス版 』 を使用するケースは稀です。

凸と凹から成る

完成した 『 彫刻エンボス版 』 は凸版と凹版の2枚で1組になっています。
凸版は図案が盛り上がっている版で、凹版はその逆、図案がへこんでいる版です。この凸版と凹版の間に加工する紙を1枚挟み込み、紙を機械によるプレスの圧力で一気に盛り上げます。

下の写真は竹内栖鳳 『 春雪 』 彫刻エンボスの凸版です。
図案部分が立体的に盛り上がっているのが見て取れます。

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さらに、下の写真は彫刻エンボスの凹版です。
図案部分が反転し、窪んでいます。今回、凸版を土台に敷いて、そして加工する紙をその上にセットし、その上から凹版で強力な圧力をかけて、紙面上に 『 春雪 』 を紙を盛り上げることのみで表現します。

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機械に版をセットし、いざ加工

彫刻エンボス加工は箔押し加工する機械と同じ機械で行います。
銀色の土台の部分に彫刻エンボスの凸版を固定し、セッティング。その上に加工する用紙を置いて、1枚ずつプレスし、圧力をかけて盛り上げます。


凹版は上下運動する機械の金属板に固定してあり、銀色の土台の凸版と噛み合わすような仕組みになっております。加工の原理は非常にシンプルであり、作業も一見すると単純のように思われがちですが、準備の段階( 具合出しと呼ぶ段階 )でかなりの時間を要します。

盛り上げる紙の選定について

しっかりした盛り上げを実現させるにあたって、悩んだことが、盛り上げる紙の選定についてです。 「 何の紙であれば、竹内栖鳳 『 春雪 』 の彫刻エンボスが際立ち、うまく表現できるのか 」 選ばなくてはなりません。

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また、ここでも重要なことは 『 触感 』 です。
くっきりと盛り上げて表現できたとしても、絵画を指先で捉えられるかどうかは紙質のつるつる感・ざらざら感・さらっと感など、そこにある質感にも大きく左右されるということを研究者 半田こづえさまからご教授いただきました。

指で紙を、盛り上げた図案を、撫でた時の感覚。直感。
読み取り易さ、読み取り難さ。


半田さまからいただいたキーワードをもとに、さらには 「 彫刻エンボス加工が生きる紙は一体なんだろうか? 」 と考え、紙のサンプル帳や切れ端など、数多くの紙と睨めっこし、数種類の紙をセレクトしました。

紙の表面が硬ければ、盛り上げ難くなります。
紙が薄いと、加工の圧力で紙が図案( 版 )によって貫通し、破けてしまったりもするのです。また、紙の種類によっては、強い圧力をかけるエンボス加工をした際、紙にシワができてしまったりするということも…。

「 この紙、良いかも? 」

私は数種類に絞った候補の紙をメンバーにご提案させていただきました。
グムンドコットンというコットン100%の紙から、その名のとおり雪のような白さと滑らかな手触り感が特徴のスノーブル-FSなど、約5種類ほどでした。

今までの紙加工の経験と紙の特性を考慮に入れて、そして何よりも重要な『 触感 』 を想像して、取捨選択しました。ミーティングの際、まずは、まっさらでまだ未加工の紙を研究者 半田こづえさまに触っていただき、紙の 『 触感 』 を感じ取っていただきました。

ある1種類の紙に触れた時、半田さまが指を止め、一言。
「 この紙、良いかもしれない 」 … その紙は、 『 パチカ 』 。

コスモテックでは馴染みのある紙であり、熱を加えた型押し加工( 加熱型押し )で紙そのものが半透明化するという特徴を持つ特殊紙です。半田さまは直感的に、『 パチカ 』 を選ばれました。

2012年~ コスモテックで不定期ながら開催し続けている
パチカ名刺作成キャンペーンは21回に及ぶ( 2022年現在 )

触感とエンボスを生かす紙

加熱型押し加工を施し半透明化させることが多い特殊紙 『 パチカ 』。この紙の持つポテンシャルの高さについては、以前コスモテックの note の記事でご紹介させていただいたこともあります。

今回、竹内栖鳳 『 春雪 』 の彫刻エンボス加工において、私が 『 パチカ 』 を選んだポイントは日頃の経験則、コスモテックの加工実験からのエンボス( 浮き出し )・デボス( 型押し )の適正が非常に良いと知っていたこと。

そして何よりも手触り感からです。


紙の専門商社 株式会社竹尾 のホームページ内にもエンボス・デボス適正の良い紙として 『 パチカ 』 が掲載されています。

また、私も実物を持っているフランスで出版された触察本でも 『 パチカ 』 に彫刻エンボス加工されて制作されており、そのクオリティーの高さに舌を巻きます( この本も株式会社竹尾のホームページ内に掲載されています )

フランスで出版された触察本の存在は、以前、今回のプロジェクトチームのメンバーでもある京都国立近代美術館 本橋仁さまから教えていただき、興味を持ち、購入させていただきました。

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『 パチカ 』 の紙面上に彫刻エンボス加工で表現したカラス
そして、ふわふわと舞い降る牡丹雪


加工をしていない真っ白で、真っ平な 『 パチカ 』 を指で撫でた際、そのさらっとした 『 触感 』 から、研究者 半田こづえさまには直感的に、雪のふわふわとした印象、カラスの毛並みのもこもこ感、古びた舟の木の雰囲気などを、紙の質感の中から見出しているような印象がありました。

フランス製の触察本にも使用された 『 パチカ 』 は、偶然にも竹内栖鳳 『 春雪 』 の中に描かれたモチーフの雰囲気も伝え易い紙だったのかもしれません。

⑥ 完成! 竹内栖鳳 『 春雪 』 触図シート

私が持っているフランスで出版された触察本がどのように製作されたのかは分かりません。使用している機械はもしかしたら私たちが使った機械とは異なるかもしれません。

図案もシンプルで、そのぶん加工の圧力もしっかりと加えることができ、凄まじい盛り上がりで表現されています。

今回のプロジェクトでもフランスの触察本と同じ厚みのパチカで作成されましたが、「 さわるコレクション 」 で制作した触図シートで一番異なるポイントは 『 表現の繊細さ 』 です。伝わり易さを究極まで求めた場合、図案をよりシンプル化させる必要があります。

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とうとう完成した竹内栖鳳 『 春雪 』 触図シート


おそらく、竹内栖鳳 『 春雪 』 の彫刻エンボス表現も もっとシンプル化できたはずです。ただ、情報を軽量化されることで作品の密度、本来の在り方が削ぎ落とされ、失われてしまう部分もあるということを今回のプロジェクトを進めていく中で学ばせていただきました。

どちらが良い悪いということではなく、何をどうやって伝えるのかが大切であるという気づきがありました。

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アーティスト 中谷ミチコさまのレリーフ化がしっかりと生きている


今回制作した触図シートはより竹内栖鳳 『 春雪 』の世界観をありのままに 『 触感 』 で伝えたい・届けたいという思いでプロジェクトメンバー 一丸となって制作に携わっています。

【 制作過程 】
① 絵画を選定
② 選ばれた絵画をレリーフ化
③ レリーフから3Dデータを作成
④ 3Dプリンターで紙面に表現した模型を作成
⑤ 彫刻エンボス版を作成
⑥ 触図シート完成

① → ④ → ⑤ → ⑥ で制作せず、
②③をあえて踏んで、制作した理由が今はっきりと分かります。
不揃いだったり、不均一でいびつであったり、人間ならではの感覚や感性をデジタルデータや版に宿す作業を通して、触図シートに息吹を吹き込むことで、より作品の 「 らしさ 」 が生きてくるのです。


伝えることって、むずかしい。
そして、伝えることって、すばらしい。
伝わるって、いいな。

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【 作品解説 】 文 松山沙樹(京都国立近代美術館)

京都の料亭の家に生まれた日本画家の竹内栖鳳は、1900年、パリで開催された万国博覧会を視察して西洋絵画にふれたことで、それまでの画風を大きく変化させました。帰国後は、陰影のあるリアルな表現と日本画に特有のやわらかな筆づかいを融合させながら、動物や人物を生き生きと描いた作品を発表しました。

この作品には、画面左下から右に向かって木製の舟の一部が描かれています。画面右上の舟の先端に一羽のからすがとまっています。墨であらわされたからすは画面の中でひときわ存在感を放っています。背景は淡いグラデーションがかかった薄い灰色で、そのあちらこちらに、白くぼんやりとした筆遣いで牡丹雪が空から舞い降りる様子があらわされています。「春雪」というタイトルから、植物が芽吹き始めた初春のまだ肌寒さが残る季節であることが分かります。からすの羽根に降りた雪は消えてなくなりますが、舟の中、垂れ下がる朱色のロープのそばには、雪がやや積もっていっている様子が見て取れます。

すっと冷たい風が吹いたのでしょうか、からすが自分の身体を守ろうと首をすぼめてややうつむき加減になった、その一瞬のできごとを切り取ったかのようです。飛ばされまいと舟をつかむその後ろ足が画面全体に緊張感を与え、ふわりふわりと舞う牡丹雪と好対照をなしています。

制作プロジェクトチーム(2020~2022年)
京都国立近代美術館( 本橋仁・松山沙樹・牧口千夏 )
アーティスト 中谷ミチコ
研究者 半田こづえ
コスモテック( 青木政憲・前田瑠璃 )

「 さわるコレクション 」 入手方法

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京都国立近代美術館より
「 さわるコレクション 」 は、希望される方への送付も行っています( 送料着払い )。 申込書に必要事項を記入の上、FAXまたは郵送でお申し込みください。

「 さわるコレクション 」 申込書ダウンロード先
※ 数に限りがありますので、 なくなり次第終了となります。

申し込み先・問い合わせ先
京都国立近代美術館 FAX : 075-771-5792
〒606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町26-1
TEL : 075-761-4111


【 箔押し加工 】

有限会社コスモテック 現場リーダー 前田瑠璃
〒174-0041 東京都板橋区舟渡2-3-9
TEL:03-5916-8360 / FAX:03-5916-8362

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