見出し画像

【書評】人工知能が「生命」になるとき

三宅陽一郎『人工知能が「生命」になるとき』  PLANETS/第二次惑星開発委員会 (2020/12/16)

人工知能と聞くと、サイボーグやロボットのイメージが真っ先に思い浮かぶ。また、現代では「AI」という言葉で代替されることも多い。しかし、サイボーグのような機械的な人工知能は、西洋的な思考から生まれた産物であること。それとは別に東洋的な人工知能が存在することを、この本を読んで初めて知った。そして、東洋的な人工知能の性質を知れば知るほど、異世界の扉を開けたような不思議な感覚を覚えた。まるで、タロットカードに初めて触れた時に、なにか不思議な力が宿っていると感じた子どものように。

この本では、西洋的な人工知能と東洋的な人工知能(文中では人工知性と言い換えている)が、複数の切り口で対比されて述べられる。しかも、科学的・工学的な側面だけでなく、哲学的、ポップカルチャーの側面からも語られ、哲学、文学、アニメなどがクロスオーバーに参照される。この点から、この本が単なる技術論や工学書の域を超えて、人間の物の見かたや考えかたに対する新たな問題提起に挑戦しているように思える。

その問題提起とは、人間が封印してきた新たな可能性を解き放つこと、だと考える。

東洋的な思考では、人間の心は科学的に語れず、精神的で神秘的な側面を重視されている。この本でも、東洋的な人工知能は「混沌」というキーワードによって、その性格の一端が示される。「混沌」とはカオスであり、混ざりあっていて名前を特定できないものだ。これは、科学と論理を徹底的に突き詰めることで完成した西洋的な人工知能とは真逆をいく。この混沌にキャラクター文化を融合させたものが、作者が意図する東洋的な人工知能であると、私は読み取った。キャラクターという言葉は、サイボーグやロボットと比べると、もう少し血が通った温かい物体のイメージがある。作者が述べているキャラクターも、サイボーグのような機械ではなく、アニメの主人公のような魅力的で血が通った個性的な存在である。

私は、この「キャラクター」という言葉を人工知能にぶつけた点が、この本の大きな特徴だと思う。人間が世界の物事に親しみを感じて心を動かされるのは、キャラクター性の存在が大きい。それは、擬人化と呼ぶには少し弱い。もっと想像的で、衝動的で、宗教的なもののように思える。この部分が、まさに東洋的な「混沌」と重なるように思える。論理や科学だけでは説明しきれず、人の心を加えることで初めて実体を表すような、あやふやで言葉では表現できない存在だからだ。これは、西洋哲学で言う現象学に近い。作者も文中で、こう述べている。

知能は正しい推論や記憶の集まりではなく、自分から世界へ向かって流動的な力を展開する存在と捉えます。それは西洋哲学の概念に置き換えれば「現象学」という潮流のビジョンと符号します。(第二章「キャラクターに命を吹き込むもの」より引用)

現象学という哲学は、自分の心を世界に投影することで世界を語れることが大きな特徴である。20世紀初頭に哲学者のフッサールが提唱したこの現象学は、心と身体という西洋の伝統的な二元論から脱した革新的な思考方法で、西洋思想と東洋思想の融合を感じる。そして、この「自分の心を世界に投影する」点が、東洋的な人工知能の本質を語るこの本の白眉であると感じる。

この本で作者は、西洋的な人工知能が人間の言うことを聞くサーバント(召使い)であるのに対し、東洋的な人工知能は、自然界に深い根を張る「世界の一部」だと述べている。それは、人間に限りなく近づけるのではなく、人間の側から近づくことで世界の一部として存在することがわかるという思考に基づく。

この思考法は、日本人の遺伝子に刻まれていて、なじみ深い。日本では、岩石や大木に神様や霊魂が宿る「依代」という概念が古くからあった。例えば大木にしめ縄を張ったり、大きな岩を神様として奉ってきた。また、集落に必ず一つはある祠や、民家にある神棚も同じである。それはいわば、人間から物に寄り添い、信じて、奉る「小さな神様」である。日本の神様は八百万と呼ばれるように、自然界の森羅万象に宿るのが特徴だ。それは自然と一体化して深く根を張っているので、人間界に引き込むことができない。しかし西洋的な見方をすれば、これらは無機質な木であり石である。神が宿っていると人間が感じて寄り添わない限り、神は発動しない。こうした「小さな神様」こそが東洋的な人工知能に近い存在であり、人工知能が生命になるときの一つの見え方になると、私は思えてならない。

こうした刺激的な想像、いわばタロットカードに触れた時に感じるある種の恐怖感を思い起こさせるこの本は、東洋と西洋を新たな切り口で論じた比較文明論であり、機械的で工学的な人工知能の解釈に新たな風を吹き込む思想書であり、今の人間世界の息苦しさに清涼剤を与える生き方論だと思う。西洋の叡智と東洋の叡智を融合した人工知能は、果たしてどのような形で、私たちの眼前に現れるのだろうか?


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?