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「水曜日は働かない」意味を考えながら、歩く

こすもす

6月に入ると新緑の濃度が増してきて、まるで草木が人間界へ押し寄せてくるような錯覚を覚える。もし人間が植物の成長を放置すれば、世界は瞬く間に緑で覆われるだろう。
そんな妄想をしながら、私は近所の道をウォーキングしていた。今はそれほどジメジメしてないので、日が差しても暑くなく、むしろ心地よい。

それにしても、周囲に目を配りつつ歩いていると、耕作放棄地があちこちで見つかる。人間が自然界から奪った土地が、再び自然界に戻りつつあるのだ。人間界と自然界の境界線は、世界のどこかで常に綱引きをしていて、揺れ動いている。

…と、ここまで妄想を進めた時、最近読んだ本の一節が思い浮かんだ。宇野常寛氏の著作『水曜日は働かない』である。

この本は、生活や文化に新たな視点や論評を加えることで得られた発見、提案、心象を綴ったエッセイ集。その冒頭のエッセイが本のタイトルになっている。意味深なタイトルの意味は、本の帯を見るとわかる。それは「水曜日が休みになると、1年365日がすべて休日に隣接する」こと。水曜を休んでみると世界の見え方が変わり、人はもっと自由に生きられる。大雑把だが、著者はそんな提案をしている。
私が想起したのは、エッセイの中の「オンとオフ、昼と夜の境界線を引かない」という一節。同じように、自然界と人間界の境界線を引かなければ、世界の見え方が変わるかもしれない。そう思ったからだ。

二元論の境界線を撤廃する

私は4年前まで会社員をしていたが、オンとオフとのメリハリのなかで生きてきたと、つくづく思う。月曜から金曜までは仕事、定時後は主に会社関係者との飲み会、土日は休みという生活スタイルは、仕事を続ける上では効率的だった。オンとオフの境界線が明確だったおかげで、土日に心底休めた気もする。
反面、月曜は憂鬱で水曜は週の折り返し、金曜は多幸感に包まれることへの違和感も感じていた。しかし、そうした感情を押し殺すことにも慣れた。人は与えられた環境にいつしか順応し、疑問すら抱かなくなる。だからこそ「水曜日は働かない」というタイトルに興味をそそられるのだ。
では、オンとオフの境界線を撤廃すると、どうなるか? 私はフリーランスになってからオンとオフがない一日が日常になり、時間の観念が一変した。このエッセイでも、著者は昼と夜の境界線を撤廃した結果「朝の世界」を発見する。それは真に自由な時間であり、「灰色の道上の真ん中にぽっかり穴が開いて、そこから色鮮やかな世界が垣間見えること。それだけで、世界の見え方がぐっと変わる」とまで表現している。
ここから導き出される真理は一つ。この境地に至るには、端っこではなく、ど真ん中に穴を開けることが重要。月曜日や金曜日に休んでもダメなのだ。
この思考を、自然界と人間界に当てはめてみた。そのど真ん中に穴を空けると、自然界と人間界がせめぎ合う構図が消失する。耕作放棄地は野原に変わり、里山景観の一部になるかもしれない。自然を開発する思考から、自然でも人間でもない中間的なものを見出す思考が生まれ、あれこれ想像すると楽しそうだ。

他にも、風穴を一つ空けただけで精神的に自由になれることはあると思う。例えば「男性と女性」という二元論は、既にジェンダーの視点から風穴が空けられ、一昔前の常識(男は外、女は内など)が覆されて多様な視点から論評されている。昼と夜、時間と空間、オンラインとオフライン、公共交通機関とマイカーなど、風穴を空けることで見え方が変わる二元論はたくさんある気がする。

水曜日は働かない、でも休まない

「水曜日は働かない」ことの趣旨は掴めた。では、水曜日には何をやればよいか?私はフリーランスなので、仕事をしないと決めた一日に何をするかを考えてみた。
まず、水曜日を土日と同じ休日に充てると、週休三日となるだけで何か面白くない。エッセイに出てくる著者の友人のように朝からストロングゼロを飲んだりすれば、あっという間に一日が終わってしまう。
従って、世界の見え方を変えるには、仕事でも休みでもない過ごし方を探して実行するしかない。それこそ「水曜日は働かない、でも休まない」。そもそも水曜日は、オンとオフの境界線がない特別な日。働くのでもなく、かといって休むのでもない第三の過ごし方を作り出すべきなのだ。
私が思いついたのは、非日常かつ非まじめな体験だ。世間のしがらみから一日だけ自分を解放して、一般常識に逆行することをやってみるのだ。会社員だった頃に、私の友人が会社に行きたくなくて駅で会社とは反対方向の電車に乗って遊びに行ったエピソードを思い出したが、例えばそういうこと。日常では味わえない時間を過ごせば、何かの見え方が変わるかもしれない。
もちろん、それを実行するには勇気と決断が必要だ。多忙な現代人にとって、7日しかない一週間のうち一日を解放するのは至難の業だと思う。でも、そこに風穴を穿つと新しい風が吹き、見たこともない世界が見えてくる。そんな特別な一日が一週間に一度来ると想像すれば、何かワクワクしてくる。

そうこう考えているうちに、ウォーキングコースは街中に入り、ゴールが近づいてきた。さて、私にとっての次の水曜日には、何をしようか?まずは、行き先を決めずに宛のない日帰り旅にでも出てみるか?


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こすもす
群馬県の山深い限界集落で暮らしながら、全国各地の方々や風景に会いに行き記事を書くライターとして活動。主な媒体は、地域づくり情報誌「かがり火」と同Web。読書(特に歴史、哲学、民俗学)、昭和歌謡、アイドルが大好き! https://kagaribiweb.com/