小李ちさと
(世界に対して自分はちっぽけ)(なのでしょうか、)
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(世界に対して自分はちっぽけ)(なのでしょうか、)

小李ちさと

漫画とかで よくあるアレだ。
「こんなに広い星空を見てたら、自分なんか小さいもんだなって思えて、悩みとかどうでもよくなるよな」
みたいな。


タイトルから想像がつくと思うけど、この類の発言に同意できたことがない。
個人の感じ方だから「そんなの間違ってるよ」なんて言う気はないけど、「そうだねー」とはどうしても言えない。
「へー、そーなんだー」とは言えるけど(笑)

住んでいる場所が田舎だし、両親ともアウトドアが好きだし、そういう言葉が出そうなシチュエーションには小さい頃から幾度も巡り会ってきた。なのに一度もそんな気分になったことがない。
これだけ多く見聞きする台詞なんだから、それだけ汎用性があるっていうことだろうに、どうしてこんなに同意できないんだろう?
何となく疑問に思っていて、最近ぱっと答えが閃いた。


私は世界と自分を対比できないのだ。
「大きい世界」と「それを見ている自分」という自覚がそもそもない。
「大きい世界」と「自分」はイコールで、私もひっくるめて、世界は世界だ。それは切り離せるものではないし、どうがんばっても否定できない、ただの事実。


「世界は大きくて広い」と認識したとき、私の中には『一体感』や『安心感』がある。
あるべき場所に戻ってきたような、自然に呼吸が回復するような、そんな感覚。自分が自分のままで正しいところにいる自信。

「私、この広くて大きいものの一部なんだ」
「こんなに広くて大きいものと一緒に存在しているんだ」
「私はこんなに広くて大きいんだ」

それが世界と私の共通認識、だと私は思っている。
思っているというか、それが事実なので思うも信じるも何もない。太陽が昇って沈むのと同じ話。
なので私はこれからも「自分はこれと同じだけ大きいんだなぁ」と思い続けるだろう。



そうかぁ、私そんな感覚で生きてきたのかぁ。
と判明して感心したので、書きました。
(内容に感心したのではなく、判明させられたということに感心した)

しかし「あれだけ しょーもない価値観で生きてきて、何でそこだけ自己肯定感高いん?」という新たな疑問も湧いたので、考察はまだまだ続きそうです。

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Cosmo Chisato * from space a:kumo