感謝ある相手に恩返しをする方法

ちょっとだけ長いつぶやき。
そして、ものすごく言葉にしにくい、少し難しいつぶやき。

一期一会の出会いを一生物にする、感謝ある相手に恩返しをする…、

そのまず一番には、その存在との出会いと関わりで享受したもの・得たものを、
如何に自分自身の人生に活かすか”。”それに真剣になるか”だと思う。

私は例え通りすがりに関わったひとりの人生すら最大限享受したい
それが”出逢い”の意味の大きなひとつだから。


それなくして、形ばかり自我の欲で相手を支えようとしたり、相手の人生振り回したり振り回されたりする方に走るのは(無論影響し合うのは良いが)、それは愛でも感謝でもなく、依存。
(自欲によるものでない本物の)感謝も愛も伴っていないので、何より自分のためにならない=相手の魂のためにはもっとならない

また、”根源の(無償の)愛・根源の感謝”を以て、相手を支えようとするのも、それはまず”その相手から得たものを自分自身の人生に活かすというお返し”ができてから。
これを実践できている時、初めて「相手を支える」ということができる。
それができないのに「感謝を表すにはお返しをするんだ」という意識的思い込み(自我の欲)で支えようとしても、それは欲を相手に押し付けていることにしかならず―この場合どうしても、出どころが根源的感謝・根源的愛よりも「お返しをしなければならない(I must)」「私はちゃんとお返しをして”あげている”」というスタンスになってしまうため、あなたの義務感やあなたの存在承認欲求を相手に押し付ける形になってしまう―、相手は「支えられてあげる」しかできなくなるのです。結局それはあなたが支えられているの。
相手の存在によって、相手の存在により得たものを吸収して、自分自身で自分自身を支える(=相手の”存在”に支えてもらう)ことによって、初めていつの間にか相手はあなたにも支えられていることになる。

また少し別の角度から説明をすると、

相手にお返しをする=自分が何かを失う(消耗する・枯渇する)とか自分が何かを放出している気分になる

…というのは、本当のお返しではない。また、先ほど私が述べた、「根源のエネルギー(愛・感謝)」から出たものではない。
もちろんね、存在承認欲求を一切出しちゃいけない、お礼を受け取ってもらうとか何かお返しをした時そのお礼をされたいとかその人が喜ぶ姿を見たいとかいうのがダメと言っているわけではないんですよ。それは、人間だれしもあるものだから。
それがなくて本当に「無償の愛」だけ振り撒く人間は、本当にさとりを開ききった人です。
…でも、「過剰」だと、お互い、消耗してしまうから、それだけはできれば避けたい。
だって、折角お返しをしたり相手のためを思ってやっているつもりなのに、気付かぬうちに自分の存在承認欲求や義務感の押し付けになっていて、例えば相手の反応が期待通りでなくて相手に対して不満を持ってしまったり、後々になって「私があんなにやってあげてるのに」というような感情を持つようなことになってしまったりしたら、本末転倒でしょう…?お互い、エネルギーが消耗する道を選んでしまうことになる。お互い、相手のエネルギーを搾取してしまうことになる。相手のためどころでなく、自分も相手もマイナスのループに陥ってしまうわけでしょう…?

これが、本当に愛と感謝から素直に出たものであれば、これは言うなれば表層(顕在意識・社会的仮面)の感覚ではなく無意識領域や宇宙の根源的感覚ですから、エネルギーが消耗したり搾取されたり、ましてや物理的に何か失ったりすることは絶対にありえません。寧ろ、全てが循環して増幅していくばっかり。
なぜなら(言葉では本当にごく狭い角度からごく限られた面しか説明できない、語弊も多いかもしれないけれど)、「与えること」が、「与えること」ではないから。
宇宙、無意識領域、魂の感覚では、与える=享受する、が同義であるから。
たった好意ひとつであっても、好意を与えるというのは相手の好意を同時に受け取っているからでもあり、相手の好意を受け取るということは、相手に「好意(愛や感謝)を受け取ってもらえた」と思わせることができるエネルギーでもあり、それ自体相手に好意を返す(与える)ことでもあるから。

言葉ではひどく説明が難しいけれど、循環するエネルギーとは、そういうもの。


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こういうお話、不特定多数の方が読む記事ではとてつもなく説明しづらいです。
人により、言葉の使い方が違うし、受け取り方・解釈の仕方も全く変わる。
そもそも言葉というもので説明できない世界のお話。
ただ、このようなことを、セミナーや個人セッションではお話しています。
何か心のどこかで反応するような感覚を得た方、こういった…深い心のやりとり…とでもいうのでしょうか?や、愛の与え方受け取り方、というようなもの、自分の感じている感謝って社交辞令なんだろうか本物なのだろうか…と自問自答してしまう人(私自身も実はそうです)、などなど…
ぜひぜひ、お声かけください。
心理学的な角度からでも、魂や無意識領域的視点から(スピリチュアルとはまたちょっと違うと思われると思いますが)でも、お話いたします。

お話できましたら、お互い、新たな気付きで宇宙に平和のエネルギーがまたひとつ、繋がり広がっていきます。
ひとつ、「生きやすくなる」気付きと感覚を、得て頂けるきっかけになれるのではないかと思います。

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