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ジャズ・アルバムのライナーノーツ(9)『セロニアス・モンク/コンプリート・ジニアス・オブ・モダン・ミュージック』


セロニアス・モンクのブルーノートにおけるリーダー録音をまとめた2枚組CDです。2001年にリリースされました。

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セロニアス・モンク/コンプリート・ジニアス・オブ・モダン・ミュージック


 モンクが掛け値なしの、ジャズ史の中でもとびきりの天才だった、ということなど、今さら僕がここで言わなくてもみんなわかっていることだ。でももう一度声を大にして言いたい。セロニアス・スフィア・モンクは天才だ!

 そして、モンクの恐ろしさを最も鮮烈に伝えてくれる吹き込みは、彼にとって最も初期のリーダー・レコーディングに当たるブルーノートのセッションなのだ。だってあなた、これが47年や48年の演奏なんですよ。モンク以外のミュージシャンは、それなりに「時代」の音を出してはいるんだけど、モンク自身のピアノについて言えば、これはもう時空を超越しちゃっているとしか言いようがない。しかも驚くべきは、モンクにとっての代表的なオリジナル作品の多くが、この時点でもはや書かれていた、という事実だ。

 このCDは、モンクのブルーノートにおけるリーダー・セッションのすべてを、別テイクも含めて時系列に並べたコンプリート盤。89年にCDで出た『コンプリート・セロニアス・モンク・オン・ブルーノートVol.1.2.3』と同趣向の企画だが、今回はルディ・ヴァンゲルダーによるリマスタリングが施されて、圧倒的に迫力のあるクリアな音質になっているところがうれしい。ヴァンゲルダーがブルーノートの録音を担当するようになったのは、モンクがブルーノートからプレスティッジに移ったのちのことだったので、ここでのオリジナル録音にはヴァンゲルダーは関与していない。そのせいもあってか、モンクのブルーノート盤(特に47,48年の録音)は、内容はすごいけど音がちょっと…という評価が一般的だった。しかし、この CDがリリースされることによって、そうした音質についてのマイナス評価は無効になってしまうことだろう。

 ブルーノートのオーナー=プロデューサーであるアルフレッド・ライオンは、当時ライオンに「モダン・エイジ」のジャズメンを紹介する役割を担っていたテナー・サックス奏者のアイク・ケベックを通じて、モンクの音楽を知ったらしい。バド・パウエルとモンクの両方をケベックに紹介されたライオンは、「わかりやすい」という理由(!)でまずモンクを録音することにしたそうだ。そして、ライオンが当時ほとんど無名だったこの不思議なピアニスト=コンポーザーに与えたチャンスは、永遠に新鮮な驚きを聴き手にもたらす、人類にとっての偉大な遺産となったのだ。

 以下、セッションごとに順を追って曲名を列挙し、参考のためにその後のモンク自身による演奏の中での代表的なものを挙げておこう。

●ディスク1
(A)1947年10月15日、セクステットによる録音。
1.ハンフ(Humph) :「ハンフ」というのは、単なる「ふん」という鼻息のこと! モンク自身によって録音されることはこれ以後一度もなかった。
2. 3.エヴォンス(Evonce):モンクをライオンに紹介したアイク・ケベックの曲。
4. 5.サバーバン・アイズ(Suburban Eyes):これもケベックの曲。どちらも典型的なバップ曲だ。ケベックの曲を2曲入れたのは「紹介料」代わりということか?
6. セロニアス(Thelonious): 単純なピアノのメロディと、その下で鳴る複雑怪奇なホーンズのハーモニーがすばらしい。59年の『セロニアス・モンク・オーケストラ・アット・タウンホール』でのオーケストラ版が印象的。

(B)1947年10月24日、トリオによる録音。
7,8. ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット(Nice Work If You Can Get It):ガーシュイン兄弟の曲だが、モンクは完全に自分のものとして自由自在に弾きまくっている。64年『イッツ・モンクス・タイム』、ラスト・レコーディングとなった71年の『ロンドン・コレクション』などでのソロ演奏がある。
9. 10.ルビー・マイ・ディア(Ruby My Dear):モンクのバラードの中で最も著名な作品。「ルビー」はモンクの初恋の女性の名。これ以後の名演は57年『モンクス・ミュージック』、59年『アローン・イン・サンフランシスコ』、65年『ソロ・モンク』など。
11. 12.ウェル、ユー・ニードント(Well You Needn't) : モンクス・クラシックの中でも人気の高い曲だ。『ソロ・オン・ヴォーグ』(54年)、『モンクス・ミュージック』(57年)でのヴァージョンもぜひ聴いてみてほしい。
13. 14.パリの四月(April In Paris): ヴァーノン・デューク作曲のスタンダード。高音からなだれ落ちるアルペジオ、ストライド・ピアノ風のリズム・パターンなどを駆使した快調な演奏だ。他に『セロニアス・ヒムセルフ』(57年)のソロ演奏がある。
15.オフ・マイナー(Off Minor):タイトル通りマイナーのモダンなテーマを持つ曲。他には『ソロ・オン・ヴォーグ』『モンクス・ミュージック』などで演奏されている。
16. イントロスペクション(Introspection) :モンクのオリジナル。ここでの演奏以外に聴けるモンク自身のヴァージョンは『ソロ・モンク』CDのボーナス・トラックと『ロンドン・コレクション』。

(C) 1947年11月21日、クインテットによる録音。
17. イン・ウォークト・バド(In Walked Bud): 「バド」はもちろん、モンクの盟友だったバド・パウエルのこと。『ジャズ・メッセンジャーズ・ウィズ・セロニアス・モンク』(57年)、『ミステリオーソ』(58年)、『ファイヴ・スポットの伝説』(58年)、『アンダーグラウンド』(68年)などでの演奏が著名。
18 モンクス・ムード(Monk's Mood) :モンク自身のヴァージョンは他に『セロニアス・ヒムセルフ』、『セロニアス・モンク・オーケストラ・アット・タウンホール』など。
19. 21.フー・ノウズ?(Who Knows? ):モンクによるこれ以後の録音は存在しない。
20.ラウンド・ミッドナイト( 'Round Midnight ): モンクの曲の中で最も有名なバラード。モンクらしくない、とも言える曲だが…。『ソロ・オン・ヴォーグ』、『セロニアス・ヒムセルフ』、『マリガン・ミーツ・モンク』(57年)など、本人による録音は数多くある。『セロニアス・ヒムセルフ』CDに収録された、レコーディング過程のドキュメント「ラウンド・ミッドナイト(イン・プログレス)」も興味深い。

(D) 1948年7月2日、カルテット+ヴォーカルによる録音。
ここでフィーチュアされているケニー・パンチョ・ヘイグッドは正統的なバラード唱法の歌手。いつもと変わらないピアノを平然と弾くモンクとのミスマッチがおもしろい。
22. オール・ザ・シングス・ユー・アー(All The Things You Are) : オスカー・ハマースタイン2世とジェローム・カーンのコンビによるスタンダード。コード進行のおもしろさのせいで、バップ系ミュージシャンによって愛された曲だ。『ミステリオーソ(レコーデッド・オン・ツアー)』に収録された64年のカルテットによる演奏がある。
23.24. アイ・シュッド・ケア(I Should Care):サミー・カーン、ポール・ウェストンによって書かれたバラード。『セロニアス・ヒムセルフ』『ソロ・モンク』と、後年モンクはピアノ・ソロでこの曲を演奏することを好んだ。

●ディスク2
(E) 1948年7月2日、カルテットによる録音。
1. エヴィデンス(Evidence): モンク自身が最も多く録音したこの曲、スタンダード「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」をあれこれいじっていたらできたものだという。 <Just you,just me>を言い換えると<Just us>、それに発音が似ているのが<Justice>(公正な判決)で、それにつきものなのは<Evidence>(証拠)だ、という、実にまだるっこしい「風が吹けば桶屋が儲かる」式のタイトルなのだそうです。異様な緊張感にあふれた冒頭テーマのリズムとコードは完成されているが、まだここではその後は未完成だ。『ソロ・オン・ヴォーグ』、『ジャズ・メッセンジャーズ・ウィズ・セロニアス・モンク』、『ミステリオーソ』と『アット・ザ・ブラックホーク』(60年)のCDボーナス・トラック、『モンク・イン・トーキョー』(63年)『ロンドン・コレクション』など多数。
2.3.ミステリオーソ( Misterioso): 「ピアノのおけいこ」風の謎めいたテーマを持つスロー・ブルース。モンクとジャクソンのコンビネーションが実に見事だ。 この曲をアルバム・タイトルとした『ミステリオーソ』(58年)『ミステリオーソ(レコーデッド・オン・ツアー)』(63-65年)をはじめ録音は多数。ソニー・ロリンズのブルーノート盤『ソニー・ロリンズVol.2』では、モンクとホレス・シルヴァーが1台のピアノを連弾している。
4. エピストロフィー(Epistrophy) :モンクのレギュラー・コンボはこの曲をテーマにしていたので、録音回数はきわめて多い。中でも『モンクス・ミュージック』と『ファイヴ・スポットの伝説』での演奏は必聴。
5. アイ・ミーン・ユー(I Mean You) :実にキャッチーで元気のいいテーマを持った曲だ。『ジャズ・メッセンジャーズ・ウィズ・セロニアス・モンク』『マリガン・ミーツ・モンク』『ファイヴ・スポットの伝説』『ビッグバンド・アンド・カルテット・イン・コンサート』(63年)、『ロンドン・コレクション』などの演奏がある。

(F)1951年7月23日、クインテットによる録音。
6. 7.フォア・イン・ワン(Four In One) :テーマ部のめまぐるしい音の動きが実にポップに聞こえるのが不思議。『アット・ザ・ブラックホーク』、『ビッグバンド・アンド・カルテット・イン・コンサート』など。
8. 9.クリス・クロス(Criss Cross ) :クールによじれたマイナーのテーマがなんともミステリアスだ。両テイクともサヒブ・シハブがソロを「ジーズ・フーリッシュ・シングス」の引用から始める理由は何なんだろう。他に『クリス・クロス』(62年)、『ライヴ・アット・ニューポート』(63年)、『ロンドン・コレクション』などの演奏がある。 
10. エロネル(Eronel) :比較的語られることの少ない曲だが、モンク自身はこの曲を気に入っていたようだ。『ソロ・オン・ヴォーグ』『クリス・クロス』などの演奏がある。
11. ストレート、ノー・チェイサー(Straight No Chaser) :たたみかけるようなテーマがかっこいいブルースだ。モンク・チューン中のヒット曲の一つで、『5・バイ・モンク・バイ・5』(59年) 、『モンク・イン・トーキョー』、『ストレート、ノー・チェイサー』(66-67 年)などに自身の演奏がある。
12.13.アスク・ミー・ナウ(Ask Me Now) :モンクの愛らしさがストレートに出たバラード。他には『5・バイ・モンク・バイ・5』『ソロ・モンク』など。
14.柳よ泣いておくれ(Willow Weep For Me) :ラン・ローネルが1932年に書いた、ブルージーな雰囲気が漂う曲だ。モンクはこの後レコーディングはしていない。

(G)1952年5月30日、セクステットによる録音。
15. 16.スキッピー(Skippy) :速いテンポでよじれた音の連なりがくねくねと続く、実に過激な曲。モンクはこれ以後この曲を録音していない。
17. 18.ホーニン・イン(Hornin' In) :この曲もこのセッションのみでしか録音されていない。「スキッピー」「シックスティーン」のそうだが、このセッションでのモンクの曲は、エリック・ドルフィーを10年前に予言していたかのようなアヴァンギャルドさを発散している。
19. 20.シックスティーン(Sixteen) :この曲のみはマスター・テイクもリアルタイムでは発表されず、タイトルすら付いていなかったという。3管アンサンブルの絶妙な不協和ハーモニーがすばらしい。
21. カロライナ・ムーン(Carolina Moon) :ベニー・デイヴィスとジョー・バークの手になる1928年の作品。モンクはこれ以後録音していない。
22. レッツ・クール・ワン(Let's Cool One) :ミディアム・スロー・テンポでの訥々としたメロディが印象的な曲。『ミステリオーソ』での演奏が有名だが、モンクがサイドマンとして参加したクラーク・テリーの『イン・オービット』(58年)も忘れがたい。
23. アイル・フォロー・ユー(I'll Follow You) :フレッド・アーラートとロイ・タークによって1931年に書かれたスタンダード。このトラックはピアノ・トリオによる演奏。
(May,2001 村井康司)

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