3万年後の人類に

7月24日のクローズアップ現代(NHK G)で、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」が紹介されていました。ちょうど3年前に書いた原稿を再掲します。(初出:2016.7.20, JAXAメールマガジン「宇宙つれづれ」)

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 西表島の知り合いが、2隻の手漕ぎのよれよれの草舟の入港を、SNSの動画で知らせてくれました。

 皆さんも報道でご存じと思いますが、「国立科学博物館・3万年前の航海徹底再現プロジェクト」によるこのチャレンジ、当時の人々が利用可能であろうと思われる材料と道具で作った草の舟で、与那国島から直線距離にして75km西にある西表島を人力で目指す旅、いわば人類学の実証実験です。

 7月17日の早朝に与那国島を出発したものの、大きく海流に流され、途中、伴走船に曳航されながらも、18日午前11時頃、目的地である西表島西側のシラス浜に漂着するかのように到着しました。手漕ぎの旅はかないませんでしたが、事故なく到着したことは何よりだったと思います。

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 プロジェクトの代表を務める国立科学博物館人類史研究グループ長の海部陽介氏は、与那国と台湾を隔てる海峡を望みながら、著書で挑戦の意図を以下のように述べています。
「ふだんはかすんで気配すら感じられないが、この水平線の向こうには確かに台湾がある。3万年あるいはそれ以上前にそこを出発し、何らかの舟で琉球列島を目指した人々がいた。それは偶然の漂流だったとはとても考えられない。新しい島への移住を目指した、意図的な航海だったはずだ。(中略)やってきたのは誰だったろうか? 明確に言えるのは、アフリカから大拡散を遂げてユーラシア大陸の東端までたどり着いたホモ・サピエンスの集団、つまり広い意味での私たちの祖先だったということである。(中略)台湾から遠く小さな与那国島を目指したということは、目的地が見えない航海をしたということである。さらに黒潮越えという難関も待ち受けていたはずだ。これは当時の世界で、人類が達成した最も困難な航海だった可能性が高い。」(『日本人はどこから来たか?』海部陽介著、文藝春秋)

 この挑戦を漏れ聞いたのは昨年の今頃。ソースは大学生の息子でした。「客員で教えに来ている科博の先生が “来年は舟を出すので講義は今年で最後” と言っている」という、一度聞いただけでは意味の分からない話をするのです。「何という先生なのか?」と聞いたら「カイフ先生」と。それをきっかけに、国立天文台の台長を務められた海部宣男先生の息子さんが人類学者で、このようなプロジェクトを主導しているのだということを知りました。

▽ 3万年前の航海 徹底再現プロジェクト|国立科学博物館
https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/

 天文学者の海部先生からは、電波望遠鏡での観測により、星間物質に炭素系の高分子が存在することを確認したという、生命の始まりにつながるワクワクするお話を伺ったことがあります。おそらく幼少の頃からアカデミックな空気に触れていたであろう人類学者の海部先生が、冒険的手法による人類学の実証実験というワクワクを再生産なさっていることに、感慨を覚えます。

 3万年前の人類が、どんな技術でどんな思いで、海を渡ったのかは想像するほかありませんが、実証実験の首尾を聞き、あらためて「先人たちはスゴかった」と感じる人は多いと思います。
 3万年後に人類がどこまで活動範囲を広げているかは分かりませんが、今の私たちが3万年後の子孫たちに「先人たちはスゴかった」と思ってもらえるでしょうか。その子孫たちは、ひょっとしたらはるか遠くの星系から、青くかすかに輝く地球を見返し「これは当時の世界で、人類が達成した最も困難な航海だった可能性が高い。」なんてことを言っているかもしれません――。
 今日7月20日は、“One Giant Leap”の記念日なので、こんな話をしてみたくなりました。(MK)


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