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「意識」とは幻想であるという前野教授の主張

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慶応SDM前野教授のこちらの文章は、人間の絶対無分節としての意識と関係していると思います。

我々が普段感じている「意識」は「無意識」のあとにやってくるという仮説です。この仮説によると「意識」の働きは、みんなあとで感じる錯覚に過ぎない。というものです。

記事で言及されているカリフォルニア大のリベット博士の実験は面白いです。筋肉を動かすための運動神経の指令は,心が「動かそう」と意図する脳活動よりも,0.5秒も先と分かったらしいのです。

常識的にはまず人の心の「意識」が「動かそう」と決断し,それにしたがって体が動くと予想されるのに,結果は何と逆という。

その上で前野教授は、”人の「意識」とは,心の中心にあってすべてをコントロールしているものではなくて,人の心の「無意識」の部分がやったことを,錯覚のように,あとで把握するための装置に過ぎない。”と言い切ります。

これは、禅的分節論の見方と通じますね。

意識は実は脇役に過ぎなかったということがわかれば、人は「本質」分節以前の無意識(絶対無分節の意識領域)をもっと積極活用することを覚えていくかもしれません。

虚心坦懐に身体全体で聴いて、幾多のフレームワークが内在する無意識による洞察を信頼し、積極活用できるかもしれませんね。

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