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【note小説】キャッチコピーが書きたくて 第6話

― 第6話 ―

帰社してデスクに戻ると、すぐに伊佐さんが「どうだった?」と声をかけてきた。ボクはオリエンで聞いたことをできるだけ正確に伝えた。もちろん西田さんの歯切れの悪い語尾の件も。
「なるほどね。最新型の新商品だから競合になったのか。じゃあ、誤植騒ぎはまったく関係なかったってことか」
言われるまですっかりその話を忘れていた。無実の罪を被せられた。あやうく誤植になるところだったのは本当なので改めて文句を言うつもりもないが、少しだけ腑に落ちない気分だ。

改めてオリエン時にもらった資料を読み込んでいるとPCにメールが届いた。荒木さんから今回のメンバーに向けたものだった。明日の午後、キックオフミーティングとしてメンバーで打ち合わせをしたいという旨のメールだ。今回はどんなキャッチコピーを書けばいいのだろうか。伊佐さんはどんなコピーを書くのだろうか。ボクのコピーが採用される可能性は限りなく低いのだろうが、このチャンスを逃すワケにはいかない。

翌日、時間にはまだ余裕があったが、ひと足さきに会議室に入ることにした。フロンティクスの会議室すべてに、実は1枚のパネルが置いてある。そこにはこう書かれている。

― No idea, No member ! ―

アイデアを持ってこない者は、メンバーではない。広告業はアイデアが武器だ。故に、アイデアを持ってこない者は必要とされない。今回、ボクはこの競合のメンバーだ。

しばらくすると、荒木さん、林CD、月野さんと晴人、そして少し遅れて伊佐さんが入ってきた。みんなが席に座ると、荒木さんが口を開いた。
「これで全員集まってますね。それでは早速始めましょう。みなさん、よろしくお願いします」
そういうと荒木さんはオリエンの内容を簡単に説明した。それが終わると、次に会議室の椅子の背もたれに思いっきり体重をかけながら林CDが天井に向かってつぶやいた。
「どうしようかね~」
「どうしましょうかね」と月野さんが特に感情を込めることもなく答える。その相槌的な言葉を聞き終えると、伊佐さんも口を開いた。
「天野からもオリエンの様子を伺いましたが、今回の案件なかなか難しいですね」
「そうなんだよ、これ難しいんだよね」
伊佐さんと林CDの会話の意味が分からなかった。新しい技術の最新型が登場するんだ。商品をバシッと大々的に打ち出せはいいんじゃないだろうか。口に出そうか迷っていると林CDが続けた。
「これだけの商品だから、イノベーション感は出したいよね。バーンッみたいな」
ボクの考えは間違ってなかった。口に出せば良かった。

「でも、売れないよね」と付け加えた。
「1.5倍の価格となると厳しいでしょうね。家庭用の除雪機にそこまで出さないでしょう」
冷静に伊佐さんが林CDの言葉を解説する。少しの沈黙が訪れた。その沈黙を破ろうと晴人が挑んだ。
「じゃあ、1.5倍欲しくなるビジュアルインパクトが必要ですね」
そういうと手元に持っていた紙を、林CDに見えるように出した。ラフスケッチだ。用意してきていたらしい。
「おお、川口。もうラフ書いてきたのか」
「はい。ボクもイノベーション感が大切だと思い、ちょっと考えてきました」
そこには、新型除雪機を中心に光の線が走っていたり、GPS使用の機体ということで衛星と一緒に除雪機が宇宙に浮んでいるものだったりと10枚ほどのラフがあった。ボクは今だ、と思った。ボクもコピーのラフを考えてきていた。No idea, No member ! だ。
「ボクもちょっと考えてきたので見てください」

 ― 除雪機の、常識が変わる。 ―
 ― 自然に、自動で立ち向かう。 ―
 ― 愛(AI)のある除雪機。 ―

林CDも伊佐さんも、月野さん、荒木さんも、会議室のテーブルに並んだラフやコピーをまじまじと見た。
「間違ってはいないんだけど、ちょっとヒキがないかな」
林CDの言うヒキとは、引き付ける魅力的な何かだ。
「ヒキですか…」晴人もボクも言葉を繰り返した。
「例えば、ビューティー系の深夜番組の宣伝文句でいうと…」

 ― 夜更かしして、キレイになろう。 ―

「という言葉を使っているのは知ってるか。普通は夜更かしすると肌に悪いという一般的な常識とあえて異なることを言うことで、引っ掛かりを作っている。つまり、そういうことで興味を生み出している。だから、ストレートにイノベーションです、というニュースを打ち出すのもいいんだが、ちょっとヒキとしては弱いんだな」

叱るというよりも説いてくれた。そして、ボクらの反応を待たずに、林CDは言葉を続けた。

「でも、二人のおかげで、今回の商品を打ち出すだけでは、やはりダメなことが分かった」
「それってどういうことです?」と月野さんが聞くと、伊佐さんが答えた。
「商品をカッコよく見せるのではなく、何かしらのコンセプトが必要なのかもしれませんね」
「伊佐、そういうこと。商品の見せ方だけを追求していっても、競合相手と恐らく差がでないし、そもそもお客さんに売れる気がしない。だから、商品の紹介だけではなく、ヨネテックの技術の高さや精神を訴求するとかね」
なるほど、という具合に月野さんが頷いた。あまり消化しきれていないが晴人もボクもあわせて頷いた。

ボクらが理解してないことに感づき、伊佐さんが深堀りした。
「言ってしまえば、今回の革新的な新商品をフックにしつつ、ヨネテック製の他の除雪機も高性能であることを感じてもらうという感じかな」
「大筋はその方向で進めていこう。あとは、どんな表現方法がいいか、各々考えて、明後日にアイデアを持ち寄ることにしよう。あと荒木、競合相手がどこなのか、西田さんから聞き出してもらえる?」
「はい、わかりました。明日別件で西田さんと会う予定があるので、聞き出してみます」
「よろしく」
林CDのその言葉で、キックオフミーティングは解散となった。

(つづく)

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