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【note小説】キャッチコピーが書きたくて 第3話

― 第3話 ―

「天野!いるか!?」
血相を変えた営業の荒木さんが、ドタバタと走ってきた。何ごとかと部員全員が荒木さんに注目している。
「電話番号が間違ってんぞ」
今進行している除雪機の新聞5段原稿の出力を突き出した。ボクはその紙面から電話番号を探すと、そこには0がひとつ多い普通ならあり得ない電話番号が記載されていた。思わず「あっ」とひとこと発した。
「あっ、じゃない。どーすんだよ、天野」
横から紙面をのぞきこんできた澤田さんも「あらら」と言わんばかりの表情をしている。

「総太、これ今どの段階なの?」
段階とはクライアントのチェックレベルなのか、色味確認のための入稿段階なのか、すでに新聞社へ送稿しているのか、はたまた掲載されてしまっているのか、という意味だ。
「今朝送稿してしまいました」
「今朝か。間に合うかな?」
「澤田、間に合えばいいってワケじゃないだろう。ミスを発見せずに、送稿してしまったこと自体が、信用を失う問題なんだ」
「それはそうですが…」

口を挟んだばかりに澤田さんまで怒られてしまった。しかし、それよりも早く修正した原稿を用意しなければならない。
「まずは修正した原稿を送り直す旨、連絡を入れましょう」
「もうとっくに連絡してあるし、川口に修正も指示してあるから、さっさとデザイン部に行って再度チェックしてこい」
すでに手配までしてあって、あの勢いで来るとは、かなりの演技派というか、性格が悪いというか。そんなことを思いながらボクはデザイン部に向かった。


デザイン部につくと、すでに晴人が修正作業をしていた。
「これでいいんだよな」
ボクが来たことに気付き、画面上で確認させた。今度こそ、正しい電話番号だ。0120のたった4桁の番号を神経質なまでも三度ほど見直した。さっきまで5桁になっていたことに気付かなかったことが悔しい。こんな初歩的なこと。しかし、誤植が出るときというのは、そういうものだ。他にも見落としがないか、しばらく全体を見回していると、鼻をくすぐるようなフローラルな香りを感じた。ふと横を見ると、誰かがのぞいていた。
「どこを間違っちゃったの?」
振り向いた瞬間、心臓を叩かれたようにドキッとした。そこにいたのは、ひとつ上の先輩デザイナー、星宮ゆうこさんだ。フローラルな香りも、星宮さんのふわりと肩まで伸びる、少し茶色がかった髪が出所のようだ。心臓の鼓動の早さは、急に人が現れたせいなのか、それとも、それが星宮さんだったからか。ほんの少しだけ距離をとり、電話番号を間違えたことを伝えた。
「ドジだね」
クスクスと笑いながら、かなりグサリと刺さることをいう。「ですよね」と笑って返していると晴人が割って入ってきた。
「しゃべってないで、確認してくれ。いまなら鬼にバレずに再送稿を済ませられるんだから」
「確認した。今度こそ大丈夫!」
「了解!送っちゃいまーす」

送ったことを確認すると星宮さんが晴人に声をかけた。
「じゃあ、次はプリンの案出しをしましょ。いい案がなかったら再送稿の件、鬼にバラしちゃいますからね」
「ここにも鬼がいた…」
晴人はそういうと二人で打ち合わせブースに向かっていった。フロンティクスでは、誰もが同時に何件もの仕事を担当している。しかし、除雪機からプリンとは振り幅が広い。ボクも戻って貯まった仕事をしなければならない。

自分の部署に戻る途中、ビルの窓から外を眺めた。フロンティクスは15階建てビルの13階にある。近くに高いビルはなく遠くまで見渡せた。青く広がる空には、ヒツジ雲が連なっている。このヒツジたちは、どこまでいくのだろうか。ボクはコピーライターとしてどこまでいけるのだろうか。まだ歩き始めたばかり。それだけは確かだ。遠くまで行きたければ、歩みを止めないことだ。

(つづく)

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