アイドルジョッキー☆馬になる66~信一♠思いよ届け!
JRAのクラシックへの挑戦は口でいうほど簡単なことじゃない。わかっていたことだが……。去年のことは、思っていた以上に馬に携わる地方の人たちの胸に刻まれてしまっている。
3歳牝馬としては史上最強ではないかといわれたルビームーンの壮絶な最期。
そして、今も眠り続ける田所雪香。
園田だけではなく、地方競馬全体に暗い影を落としている。それでも――。
何気ない感じでヤマさんに、次走はフローラステークスに行ってみては、と言ってみると、恐いほどの険しい表情になった。
だが、それはほんの一瞬で、鼻で笑うと、
「くだらねえ冗談言ってんじゃねよ。っていうか、冗談を言うにしても、もっと現実味がないと面白くもないぞ。せめて東京ダービーとかって言わないと」
軽くあしらわれてしまった。
俺の言い方も悪かった。
今度は真剣な顔で「本気でフローラステークスに行きたいと思っているんですが」
ヤマさんは言葉を失い、目を見開いている。そして、眉間にしわが寄っていき、「バカか。お前は……」
あきれて言葉にならないとばかりに、声が消えていった。
食い下がる俺に、ヤマさんは、
「はいはい。この話は終わり。ユッカの次走はプリンセス賞。みんなでそう決めただろうが」
その後、俺が何を言っても、どうにもならなかった。
ならばと、今度は競馬場から戻ってきたまなっちゃんとともに話を持ち掛けると、
「真夏まで、こいつに影響されてどうしちまったんだよ。忘れたのか。あのレースで馬だけでなく、騎手だって……」
ヤマさんの言葉はしぼむように消えていった。
ヤマさんもわかっている。まなっちゃんにとって、田所雪香がどんな存在なのか。どんな思いで今まで過ごしてきたのかを。
「わかっています。大きなリスクがあることも。それでも行きたいんです。ユッカは雪香ちゃんが愛した馬なんです。雪香ちゃんの思いがつまった馬なんです」
まなっちゃんが言うように、ユッカが田所雪香の思いを背負っている馬だということは、入厩した頃にヤマさんにも話していた。
まっすぐとヤマさんを見つめるまなっちゃんの瞳から、ひと筋の涙が流れていく。
「ユッカと……あの場所へ行きたい。行かなきゃいけないんです」
まなっちゃんの思いが、俺の胸にも突き刺さってくる。あついものがこみ上げてくる。
俺は同じ思いを胸に、震えだしそうな声で「お願いします」と頭を下げた。
「バカか、お前らは。なんで、そこまでして無謀なことを」
ヤマさんはユッカが田所雪香であることを知らない。だから、そう思うのは当然だ。
それでも、俺は頭を下げ続けた。横ではまなっちゃんも同じように頭を下げ続けている。
「ああ、くそっ! わけがわからん。もう、いいかげん2人とも頭を上げろ」
頭を上げれば、ヤマさんが睨むように俺たちを見ている。
「いいか、お前ら。行くからには俺は勝ちにいくからな。覚悟しとけ!」
怒鳴るような声が飛んできた。
思わず、まなっちゃんと顔を見合わせ、「ってことは……」
まなっちゃんが、へなへなと腰が抜けたように座り込んだ。俺も力が抜けて、膝が折れて正座してしまっている。
その後、俺たちはヤマさんとともに竹川先生のもとへ向かった。そして、緊急のトップ会議が開かれ、ユッカの次走について提案すると、先生はすっと視線を落とし、口を真一文字に結んでしまった。
おそらく、先生の胸にも去年のルビームーンのことが浮かんできているだろう。
険しい表情からも、反対されるかもしれない。だとしても……あきらめるわけにはいかない。
視線を上げた先生は、すーっと表情を緩め、
「小野山厩舎として、そう決めたのなら、私は応援するだけです」
にこりと微笑んでくれた。
俺たちの固かった表情も崩れていく。
先生の言葉がつづく、
「ただ、ユッカに異変があったその時は」、真剣な目がそこにあり、「どんな理由があろうとも、私は(出走を)とめにかかります」
誰もが力強くうなずいている。
俺らの思いも同じ。どんな時も馬が優先、それは変わらない。
これで俺たちの目指すところは決まった。となれば気合も入ってくる。
とその時、「おいっ」と声を上げたヤマさんが、
「いいか。まだ大きな問題があるぞ。馬主は俺らみたいにはいかないぞ。行く意味だの、メリットだの、いろいろ言ってくるぞ」
ヤマさんの言葉に、あのなんでも反対する反対くんの顔が浮かんでくる。
まさに大問題だ。
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