【セミナー開催報告】料理レシピは誰のもの? 著作権がないからパクられても仕方ない?
去る9月5日に、私が主宰するFacebookグループ『料理が仕事\ごきげん/サロン』で企画・募集して、「レシピと著作権」と題したオンライン・セミナーを開催しました。
このnoteでは普段は、現役料理本編集者であり料理本マニアの私が気になる料理本や、出版を希望する人に向けた発信が中心です。
しかし、ビジネスとして料理に向き合う料理研究家のためのビジネスコーチという別の顔も併せ持つことから、冒頭に紹介したコミュニティ、『料理が仕事〜』を運営しています。
このグループでは、家庭料理を仕事にする料理研究家や料理教室講師、フードスタイリスト、カメラマン、ライター、編集者といった第一線で活躍する専門職ばかりが380名ほど所属いただいています。
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著作権セミナー開催の経緯
さて、そんなプロ集団であっても、悩みはつきないさまざまな問題に日々直面しています。
今回のセミナーのテーマとなった「レシピと著作権」に関わるさまざまなトラブルをたびたび耳にしていました。
トラブルと言うほどでもない、でもすっきりしない、常にモヤモヤした思いに悩まされる経験は一度や二度ではないという声は多々。
そうした声を聞くにつけ、法律上の知識だけでなく、考え方、マナーといったところを含め、勉強会を開きたいものだと考えていました。
しかし、著作権……つまり知的財産権について、専門知識がない者ばかりが集まっていくら話し合ったところで解決の糸口は見つからないばかりか、建設的な解決に向かうような行動にはつながりません。
そんな時、すばらしい出会いがあったのです。
なんと、奥様がイタリア料理研究家という弁護士がいる、と。しかも弁護士になる前は編集者として活動していて著書もあるという人を紹介いただくことができました。
「レシピと著作権」というテーマで、料理研究家の困りごとを法的な解釈を基に解説いただく機会として、これ以上はないほどの適任者です。
そこで河野浩士氏に登壇をお願いし、有料セミナーとして企画。つまり、ちょっと聞きたいレベルではなく、本気で学びたい、活動に活かしたいという高い意識を持つ皆さんにお集まりいただき、90分のセミナーを開催しました。
前半は料理研究家の座談会、後半は法律セミナーの二部制
前半は、参加の料理研究家が自由に発言いただき、これまでに経験した事例とその時の対処法についての報告し合う座談会形式。
そして後半では、河野氏による著作権についての基礎知識解説と、前半で集まった事例を法的な解釈を加えて解説いただくという、料理研究家のニーズをカバーするスタイルです。
結果、参加いただいた料理研究家からは、
「非常に勉強になった」
「そう考えればいいのか」
「発信したい内容についてまさに知りたかった知識」
といった感想が続々と寄せられました。
何しろ大SNS時代です。
プロもアマチュアも関係なく、無知ではいられないのが知的財産権です。
知っていて無視するような行為は論外ですが、無知であるがゆえに悪気なくやってしまった、気づいたら大きなトラブルになっていた……というケースは、誰にでも起こり得ます。
そこで、調理師資格を持つ料理好きライターの凛福子さんにお願いして、セミナーの概要をぎゅっとまとめていただきました。
かなり長い文章ですが、これでもセミナーのほんの一部。
皆さんの活動にお役立ていただけたら嬉しいです。
また、読後の感想、ご意見、またこんな経験をしたという事例がありましたら、ぜひコメントをお寄せいただけますと幸いです。
もしかしたら第2回開催も可能になります。
河野弁護士はこんな人
なお、個別の事例でお困りのことがある場合は、河野弁護士に直接ご相談されるとスムーズです。
では、以下よりさっそくどうぞ。
第一部 座談会で報告された事例は? その時どうした?
前半は私が司会として入り、参加いただいた方たち同士、自由に発言いただく座談会です。
この時間に報告があったのは、大別すると次の3つでした。
レシピ制作について疑問・疑念、モヤモヤ・ポイント
①企業からの依頼でレシピを制作する際、どこまで権利を主張できるのか、二次利用はどうなるのか
②料理教室に来た生徒さんがレシピを無断でSNSに公開してしまった、その対処法
③既出レシピを参考にすることがあるが、いつまで出典を添えるべきか。何年も作り続けているレシピがあるが、いつからが自分のレシピと言えるのか
これらのうち、特に料理家がモヤモヤしてしまうのは、
・他人があたかも本人のオリジナルであるかのように自分の使用していることの不満
・企業案件では権利を企業に持っていかれる、雑誌やWebなどへの転載などの二次利用にはギャランティーが発生しないことへの不満
・地域や家族に伝わるものなど誰のものでもないレシピもたくさんあるが、どこまでをオリジナルと言うことができるのか
という点。
ざっくりまとめるなら、「アイディアの盗用」「ギャランティ不払い」「オリジナルレシピの定義とは」という部分ですね。
そんな事例が出席の皆さんから具体的に報告が相次ぐ中、ひとりの料理研究家からこんな意見が出されました。
そんな意見でした。
この考え方は、解決に向かう考え方のひとつになりそうだという共通認識が生まれました。
では、これらについて法律上はどう解釈するのか?
こうした意見が出たところで後半のスタートへ。
いよいよ河野弁護士の登壇です。
第二部 レシピと著作権セミナー
知的所有権とは?
みなさんの疑問や疑念、もやもやする点はいずれもよくわかる、と河野弁護士。
そして、「お聞きした範囲では、現在の方法、方向性、対策は行き着くべき形に落ち着いていると思われます」と評価いただきました。
それを踏まえ、法律上はどうなのか? よりよい対策等があるのか? について踏み込んでくださいました。
まず知っておくべきは、法律上、著作権つまり知的所有権はどう書かれているのかということでしょう、と解説いただいたのがこちら。
この文で留意すべきは、「『⽂化の発展に寄与することを目的とする』の部分」と河野弁護士。
知的所有権というのは政策的に創設されたもの。
権利として特定の者に独占させることが、文化や経済の発展に寄与するか? が指針であり、単にズルい行為を禁止し、取り締まるものためのものではないということです。
では、レシピそのものには著作権はないのはなぜかというと、著作権法における「著作物」に該当しない(その実質としては、特定の者に独占させることが文化発展に寄与する方向に働かない)と考えられるからです。
ただし、レシピを記載した文章表現は著作物ととらえることもできるそうです。
であれば、「教室で教えたレシピが無断で使われる」ことを防ぐ手立てはないのか、という悩みは依然として解消されていません。
そこでもうひとつ挙げられたのが「特許権」でした。
特許権とは?
特許権とは、「発明」=⾃然法則を利⽤した技術的思想の創作のうち高度のもの(特許法2条1項)をいい、取得するためには、法律上次の各要件を満たす必要があります。
【特許が認められるための各要件】
①産業上の利⽤可能性があること⇒特定の職⼈にしか再現できないものは不可
②新規性があること
③進歩性があること⇒簡単には思いつかないもの、単においしいではなく具体的メリット
④先願(先に出願したこと)
⑤公序良俗を害する恐れがないもの
これらを満たせば、物、製造方法、ビジネスモデルなどの特許取得が可能になります。
例えば、「焼きカレー」とか「紀⽂」の各種製品等々といった事例で特許が取得されています。
また、料理レシピではありませんが「いきなりステーキ」のビジネスモデルも特許を取得しています。
このように特許権があれば、少なくとも「誰が」の部分は公に保証されることになりますので、「独創的で他にはない具体的メリットがあって、ビジネスになる料理や製法」と言えるのであれば、特許出願の道も考慮に値するのかもしれません。
ところが、特許が保護するのは「実施」=業としての製造・販売やビジネスモデルであり、他者に対して自身が考案した料理や食品を作ることを禁止して独占したいという場合に取得する権利。
特許を取得しても、レシピの発表や投稿等々の⾏為から直接は保護されないとのこと。
「特許取得はその点、ちょっと方向性がずれているような気がします」と河野弁護士。
また、特許はむしろ公開を促進する制度であって、取得するとかえって特許公報などによって公にされてしまう(結果、特許侵害にあたらないよう工夫された類似食品がかえって出回る場合もありえる)とのことです。
例えばコカ・コーラはレシピを公開しないことで有名ですが、だから特許も取得していないのです。
剽窃行為にあたるかどうかに注意
このように、特許が「公開」を前提にしたものということですから、またも自分のレシピを完全に守ってくれる策だとは言えないことがわかりました。
そんなとき、河野弁護士から、「剽窃(ひょうせつ)行為」という気になるワードが飛び出しました。
剽窃行為、聞き慣れない言葉です。
とくに学会や大学などで、論文発表において厳しく取り締まられる行為のこと。研究者であれば、研究論文に一生を捧げることも珍しくないわけなので、学会や大学では剽窃行為に対して非常に厳格なルールを独自に定めています。
では、レシピにおいても剽窃行為にあたるものとして、厳格化を推進するべきなのでしょうか。
守るより攻めの姿勢でいってみましょう!
河野弁護士は、「考慮すべき点と、考えられる方策」について、次のように挙げてくださいました。
・先人へのリスペクトを前提に
・「売れた者が勝つ」と考えて、あまり気にせず、面白いレシピの発信源として売れることを目指す
・本当にここ⼀番の大事なアイデアは発表機会を慎重に、軽々しくマイナーメディアに載せない
・先に考案し発表したことのエビデンスの確保、本の執筆などあると最適
・よいレシピだから使われるわけで、盗用されたことを逆利用するなど、戦略的に前に出る
・組織として剽窃禁止ルールを制定するのも一案
・ガイドラインの設定(裁判になったときにも明確なルールやガイドラインがあれば戦う余地あり)
・契約で縛る(競業避止、守秘義務(NDA)、引き抜き禁止などの契約と同様のやりかた)
・製造販売を独占したいスペシャルレシピについては特許という手段も一応考慮に入れておく
・剽窃行為を厳格にとらえすぎると自分の手足も縛ってしまう結果になる
(例:本文より分量の多い出典脚注を必要とする学術書のことを思い浮かべてほしい)
以上を挙げた上で、「結局のところレシピは…」と河野弁護士。
「多くの皆さんの本心は、(レシピを)使われたくないのではなく、自分のオリジナルであることは明確にしてもらったうえで、どんどん使って広めてほしいと考えていらっしゃるのでは。そのスタンスは大切だと思う」
とし、
「レシピを『守る』のではなく、専門家としての自分自身を売ることで、『攻め』に出る姿勢が大切なのではないか」と締めくくってくださいました。
SNS時代のレシピとは
損しないように、苦労が報われるように…と人はついつい「守る」方向に行きがちです。
しかし、誰もが気軽にさまざまな発信をする今の時代においては、料理レシピを守る、秘密にする、盗んだ盗まれた等の負の感情は、足かせになりはしてもプラスに働くことはないように思います。
ゼロを1にする、建設的な行動にいかにして変えていくかを考える必要があるのではないでしょうか。
もはやゼロイチレシピはほとんど存在しない、と考えたら、料理の作り方や味に固執するのではなく、作り出した人のキャラクターで勝負するぐらいの気概があっていいと思います。
料理が広がること、料理することを楽しむことを広報するのが料理研究家の仕事だとしたら、料理が解決した問題の先にある世界を「誰が」導くのか。
何のために、誰のために、料理レシピの制作を仕事にしているのか。
料理研究家とは、レシピの先にあるどんな価値を提供できる人なのか。
そこを再度考えてみませんか。
ありがとうございます。新しい本の購入に使わせていただきます。夢の本屋さんに向けてGO! GO!