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『エルピス』7話 3つの「クソっすね」

ねぇ福岡の人間には八飛市が飯塚に見えて仕方ないですよね。ポスターまでかぶせてきてるし‥‥

と思ってたら、なんと、そもそも「飯塚事件」といわれる事件を念頭においたプロットなんですね。ドラマの「八頭尾山」は、飯塚の八丁峠‥‥ 
7話にして今さらですが。

さて、私がこのドラマを優れていると思うのは、ブリッジにいちいち力があるところです。

たとえば、VTRをゲリラ放送するとか、男とくっつくとか別れるとか、クライマックスやアクセントになるシーンがおもしろいのは当然だけど、それらをつなぐ部分‥‥いわば起承転結の「承」がすごいよね。

今回は、浅川(長澤まさみ)が夜のベンチで岸本(眞栄田郷敦)に一蹴されてから、村井の電話をぶった切って、覚醒して歩き出すまでの一連のシーン、ほんとよかった~。

人の良心や組織の自浄力を信じたい、と笑顔で語っていると、岸本に「何平和ボケしてるんすか」と真顔で一蹴される。報道部に戻ってから多忙を理由に思考停止してるじゃないかと。

岸本に向かってバッグを投げつけ、めちゃくちゃに叩いて「あんたなんかに何がわかる!」と泣きながら食ってかかる浅川。すごくわかる。図星を刺されたんだよね。

30過ぎてる浅川は、人や組織がろくでもないことも、抵抗することの徒労や恐ろしさも、岸本よりずっと身に染みてわかってる。
しかも、恋を失い、代わりに報道のエースの仕事を取り戻した。
たくさんの経験が人を萎えさせ蝕んでいく。
日々に埋没し易きに流れてしまいそうになる自分に、浅川はほんとは気づいていて、忸怩たる思いをもっていた。人は図星を刺されると思わずカッとなるものだ。

浅川の人間みがすごくいい!
仕事やデート、セックス、失恋、そういう表の顔とか「イベント」的なものだけじゃなく、泣いたりわめいたり、disったり吐いたりふてくされたり、むきだしの顔を見せる。

岸本への悪態のつき方最高だった。
実際は、30過ぎて、会社の後輩にあんなふうにわめける女なんて、そうそういないよ。でも、ドラマの描写として最高だった。

「女」という記号じゃないんだよ。
ぐちゃぐちゃしたものを抱えながら、みっともなく、でも懸命に生きてる生身の人間なんだよ。

ぐっちゃぐちゃに泣いて怒ってたら村井から電話がかかってきて、村井が輪をかけて腐ってるもんだから、すっと冷静になって覚醒するという流れが、またイイ。
人って自分の鏡になるんだよね。

優しくしてくれる女の膝枕で、酔って泣きながら元部下に愚痴る村井。
岸本には、セクハラで左遷されたといわれているのが許せないと愚痴り、
浅川には、左遷は構わないが自分の中の情熱が消えたのがつらいと愚痴る。

「嫌味を言う男は寂しい、泣いている男は寂しい(グスグス)」
って、その寂しさを女にケアしてもらってんじゃねーわ、浅川にぶった切られて当然だわ、ってとこだけど、ぐっずぐずに腐ってるその姿が浅川を素早く目覚めさせたのもほんと。

ただクダを巻いただけなんだけど、結果的に浅川を奮い立たせる役割を果たしてる。良くも悪くも、人間は意図せざるところで誰かに何らかの影響を与え合っている。
そういう両義性を描くところが好きだ、このドラマ。
人間も、その関係性も、そんなに単純じゃないのだ。

やり方は違っても、岸本と村井がふたりして、浅川をもう一度歩き出させたんだよね。
そのシーンの浅川の美しさといったら息をのむほどだった。
泣いたあとだから化粧が落ちて目のまわりが黒くなってるんだけど、それがかえって迫力になっててね。

シーンの積み重ね。

浅川は岸本に、村井は浅川に、
共に後輩(部下)にガチ切れされてハッとする、というリフレイン

それから、今回岸本は、年上の人間3人に 「クソですね」 を突き付けたことになる。

その反応は三者三様。

①村井
これは直接言ったわけじゃないけど、岸本の情熱を見て、
村井は情熱を失った自分を悟り、打ちのめされる。

②浅川
先述のとおり。図星を刺されて激昂するも、村井のアシストもあって覚醒

③神奈川県警の平川
正面切って「クソっすね」と言われたコイツがまあ、ひどかった。
確かに組織の歯車のひとりだから、できることなんて限られてるとしても
ひらきなおって、冷笑して、罪悪感も当事者意識ゼロ。
金銭を要求してでも大事な情報をくれただけ、良心のかけらがあるとみなしていいんだろうか?

平川は、凡人のダメなところ、アレントでいう「凡庸な悪」を煮詰めた結晶のようで、ドラマで見ると胸糞悪いけど、現実では人って往々にしてこうなりがち‥‥

レベッカ・ソルニットにこういう文章があるそうだ。
Twitterで流れててブックマークしたもの。

『無邪気な冷笑家たち』
冷笑家はいっけん賢しげに振る舞うが、実は世界の複雑さに耐えられないだけの貧弱な知性しか持たず、他者や社会を無理に狭い枠に押し込めることでプライドを守ろうとする。そして世界が大きく変わる瞬間をずっと逃し続ける。

岸本の母が、食事の場面では気丈に振る舞って、別れたとたん息子の友だちの前で泣いちゃう演出もすごく良かった。
「26で初めて来た反抗期ですよ」 「そうかしらね」というやりとりも、なにげに深い。

そんな簡単なことじゃないともいえるし、それまでの岸本があまりにぼんくらだったことを思うと、まぁまとめればそういうことかもしれないとも思う。

いずれにしても、
今後何らかの形で息子がまた(表面上だけでも)明るく穏やかにになれば、
その過程をほとんど何も知らないまま、「やれやれ、反抗期が終わった」と思うのかもしれない。
親ってそういうものかもしれない。


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