インタビュー: 自分で選べる人生は幸せ ~ 乙須裕子さん
乙須裕子さんは、くらしの環境設計 (株)キュリアス・マインズのインテリアデザイナーです。住宅やオフィス、店舗はもちろん、ロゴやリーフレットもおまかせあれ。
「すてき!」にとどまらない、お客様の奥底にある夢をカタチにするお仕事をしています。
聞き手: イノウエ エミ (2019年11月末取材)
写真はすべて乙須さんに提供いただきました。
◆ アメリカナイズされた少女
―――留学したのは、高校卒業後ですか?
地元の大分の高校を卒業して、長崎県立の短大の英文科に行きました。そこでの単位をアメリカの大学で変換できたし、日本の学歴も少しはあったほうがいいだろうという親のすすめもあって。
―――留学って、なかなか大きな決意ですよね。よほどご実家がグローバルな環境でもない限り‥‥。
うちは親が教員で、全然ローカルな家庭です。私ひとりでグローバルしてました(笑)。
「中学生になったら行かせて」と親に言ったんだけど「いや、まだちょっと早い」と。
―――ってことは小学生のときから渡米を希望?! そりゃ早い!
兄の影響でアメリカの映画が好きで、最初に見たのが『E. T.』、次に印象的だったのが『トップガン』。なんてかっこいい人がいるんだ~!と思って。トム・クルーズと結婚すると心に決めてました。不純な動機ですね(笑)。
―――いや、すばらしい情熱だと思います!
部屋に星条旗を貼ってましたからね(笑)。かなりアメリカナイズされた少女でした。
―――それにしても、憧れと実際の留学にはかなりの飛躍があるのでは?
たぶん、妄想好きなんだよね。マイケル・J・フォックスの『摩天楼はバラ色に』も大好きな映画のひとつ。大きなビルの中で郵便係をしている主人公が、だんだんのし上がって社長になる。「よし、私もアメリカンドリームをつかもう!」って。
実はすごくひっこみ思案で内向的な子でもあったんですけどね。
―――ほんと? ちょっと想像がつかない(笑)。
ほんとですよ~。留学するとき、中学時代からの親友が空港に見送りに来て、「信じられない! 薬局で、正露丸ひとつも一人で買えなかった裕子ちゃんがアメリカに行くなんて…!」と名言を残してくれました(笑)。
◆ 英語をしゃべるときはセクシーです(笑)
―――行ってみて、どうでしたか?
日本人が少ないところがいいなと思ってミネソタの大学を選びました。
かなりのどかなところで、寮のルームメイトもいかにもアメリカの地方の少女って感じの子。食堂がビュッフェスタイルで、何種類もあるシリアルにワクワクしたり。それなりにカレッジ生活を楽しんでたかな。
―――ホームシックは?
あったんでしょうけど、パソコンも携帯も持ってない中でどうしていたのか‥‥。手紙とか書いてたかな。
基本的に苦学生で忙しかったから、ほとんど帰国もしなかったですね。大学の構内でバイトもしてました。日本語を教えたり、学会があるときに飲み物を運ぶケータリングとか‥‥。
―――英語はどうでした? 大好きでたくさん勉強もされていたでしょうが。
初日から空港に迎えが来ないというトラブル発生! 向こうの手違いでね。英語でいろいろやりとりして「まぁ、しゃべれるな」と思ったけど、実際に学校が始まるとやっぱり差はありますよね。
それでも学生時代はまだ良かった、自分が学ぶ立場だから。働き始めると、25歳でも15歳くらいに見られちゃう。
―――25歳で15歳に?!
アジア人はだいたい10才くらい若く見られるんです。それはデメリットなの。だから、声のトーンなんかもすごく気を付けていました。
―――向こうでは、アナウンサーなんかも低い声でしゃべりますよね。
そう、それが大人の信頼感だから。私は「サラみたいにしゃべろう」と、すてきな同僚の真似をしていました。今でも私、英語をしゃべるとなんかちょっとエロっぽく‥‥
―――妙にセクシーになるんですね(笑)。
( ↑ ↑ ↑ 勉強漬けだけど楽しかったカレッジライフ)
( ↑ ↑ ↑ 英語のお手本、同僚のサラと。確かにセクシー!)
◆ 遊ぶように働く上司、おうち自慢ツアー。いろんな価値観に触れて
子どもの頃からインテリア雑誌を愛読し、DIYやディスプレイにも興味があった乙須さん。留学先の大学にたまたまあった(!)インテリアデザイン科を卒業し、デザイナーとしての第一歩を踏み出します。
―――最初は、店舗や学校のデザインをするお仕事だったんですよね。会社のホームページを見ました。
Cuningham Groupという設計事務所です。滑り込んで入った(笑)。シニアデザイナーがいて、私は色塗りをしたり、スケッチを描いたり、プレゼンボードを作ったりするアシスタントデザイナーでした。
―――お仕事は楽しかったですか?
楽しかった! 上司がすごくすてきな人だったんです。ジャンという女性で、子どもの夕食はとってもカジュアルに済ませたりするんだけど(笑)、すごく楽しい人なの。遊ぶように暮らしてた。仕事も、まるでお絵かきするようにご機嫌で。こんな人になりたいと思っていました。今でもfacebookでつながっています。
―――アメリカで生活した経験から得た強みはありますか?
「こんなアイデアもあるよ」とお客様に提供できることでしょうか。
たとえば、先日のマンションのリノベーションのお仕事。玄関からすぐ左手、すてきなガラスブロックのある居室を寝室にする方が多いのですが、私たちはリビングにと提案しました。
日本ではふつう、入るとまず廊下があって奥がリビング=パブリックだけど、アメリカでは入ってすぐがパブリック、奥がプライベートなんです。そのほうが理にかなっている部分もある。
―――いろいろな価値観を知っていると、提案の幅が広がりますね。
アメリカでは、人の家に招かれるとまず「おうち自慢ツアー」があります。洗面所だって堂々と見せて「この角のタイルを貼るのが難しかったのよ」なんて誇らしげに言う。すてきな文化で、共感します。
プレゼントを渡すときも「絶対気に入ると思うよ!」って。そう言われると、いいところが目につくんですよね。
◆ 紆余曲折の時代
―――転職もいろいろ経験されていますね。
ミネソタはカナダとの国境付近で緯度が高く、すごく寒いんです。Seasonal depressionといって季節性うつになる人も多いくらい。それで、サンフランシスコの設計事務所に転職したんだけど、CADオペみたいな仕事であまり面白くないうえに、会社が経営不振になって外国人である私から切られちゃった。
そうなると新しい雇用主を探してビザを申請しなおす必要があるんですが、そのとき「もういいかな」と思ったんです。ちょっと体力気力がなくなっていたし、ちょうど母の手術もあったし‥‥。
それに、私はたいした仕事をしてるわけじゃない。なのに、海外にいるだけで、なんだか「すごいね、がんばってるね」という目で見られるんですよね。そのことに対してもギャップを感じていました。
―――帰国後の就職活動もまた大変だったとか。
新卒の年齢でもないのに日本での社会人経験がないことに加えて、海外での職歴は「経歴が過剰だ」と思われがちなんです。中身は全然たいしたことないのにね。
親戚の家に住んで、成田(空港の近く)のホテルでベルガールのバイトとかしながら就職活動してました。
ようやく、オフィスのインテリアデザイン事務所にたまたま合格。
会長がアメリカ人で、絵描きさんでありデザイナーでもあり‥‥今考えると、その方もジャンにちょっと似てました。
―――そこで、デザイナーとしての腕を上げたのですか?
そうかもしれないですね。ひたすらデザインを描いて図面化してましたからね。外資系の証券会社からの仕事で、時差がある中で現地と英語で電話会議して、毎日タクシーで帰って。華やかに見えるかもしれないけど実際はすごく忙しくて必死。3年勤めましたが、最後の一年激務の連続で、体調を崩してやめました。
それから、大分に戻って注文住宅のコーディネーターをしたり、福岡に出てきて北欧の生地を扱う会社で働いたり、また東京に行きたくなって外資の会社の内定までもらったあとに「やっぱりネイティブを雇いたい」って断られちゃったり…。
一人になろうと思って個人事業主としてデザインの受注をしていたこともありますが、一日中だれともしゃべらない日があったりして、無理でした。もう、口の中に蜘蛛の巣が張るんじゃないかと(笑)。
◆ 「Start with Why」私がやりたいことって?
結婚・出産のときは、国内のハウスメーカーの商品開発部にいました。オリジナルのフローリングや家具、ノベルティのデザイン。海外の工場で生産したそれらの商品の品質をチェックしたり。ベトナムの工場にも一度行ったかな。
―――かなり多岐にわたるお仕事ですね。
そんな中、女子社員の出産は私が初めてだったんです。産休と育休をもらいましたが、復帰したのはデザインでなくデータ入力の部署。私にとってはすごく苦手な仕事で‥‥。その後、双子の妊娠が発覚して退職しました。
双子の出産後、最初の2か月は瀕死でしたよ(笑)。でも、だんだんヒマになるというか、外に出たいなと思うようになるんですよね。
それで、英会話の先生に相談しました。彼女は私の心の師匠。「何がしたいの? そして、”なぜ” それをしたいの?」と聞かれて、模索が始まりました。
サイモン・シネックに「Start with why」という有名なプレゼンがあるんですよね。その話を聞いてから、すぐにママ向けのインテリアの講座のカリキュラムを考え始めました。(※章の冒頭、手帳の写真)
「私みたいなママたちが笑顔になれる環境を作りたい」と思ったんですよね。考えてみると、私もずいぶん自己肯定感が低かった。
―――本当に? なんだか意外です。
意外? 本当なんですよ。
アメリカでも、ネイティブみたいになろうなろうとしてたけど、「自分は外国人なんだ、このままの自分でOK」と思えたら、もうひとふんばりできたかもしれない。
出産してからも、ママっていろいろ気を張ってますよね。私、講座中に自分がトイレに行くために双子を抱えて席を立ったことがあって。
師匠に「何で子どもたちまで連れていくの?」と聞かれて「え、だって迷惑かけるから‥‥」と答えたんです。
そうしたら「そんな態度とられるほうが迷惑やわ! もっとまわりに頼ればいいじゃない」って。気が抜けて、ほっとして、ぼろっぼろ泣いてしまいました。
◆ 誇りを持てる選択を
2015年、ヴィジョンが重なる仲間とキュリアス・マインズを設立して、インテリアデザイナーとして活動しています。
ママたちと話していると「家づくりが苦痛だった」という声がけっこうあって。
―――ああ~、何となくわかる気がする。次々にカタログを見せられて、壁紙から何から…。
「選択の連続ですごく迷って疲れちゃった」とか、「そんなに好きじゃない壁紙だけどコーディネーターにすすめられてイェスと言っちゃった」とか。
私もコーディネーターの仕事をしたことがあるから、身につまされたんですよね。と同時に、この課題は改善していけるとも思った。
今は、コンセプトが見えてくるまでヒアリングするようになりました。
たとえば「ナチュラルな感じが好き」といっても人それぞれなんですよね。エミさんは、ナチュラルといえばどんな感じを思い浮かべますか?
―――えーと、木かな?
その木には皮はついてる? 材質や色味でもずいぶん違いますよね。
―――確かに‥‥。
生地ならどうでしょう。「ナチュラルといえばシルクよね」という人もいるし、「いやいやオーガニックコットンでしょ」という人も。
そこを掘り下げていくと「私はバリに行ったときの感じが忘れられないの。すごくリラックスして‥‥」なんて話が出てきたりする。それで「ああ、おうちではリラックスしたいんですね」と。それがコンセプトです。
―――おもしろい。単に「何が好き?」って聞くんじゃなくて…
人それぞれのコンセプト、軸があるはず。私の場合は「ワクワク」。好奇心、心に正直であること。今、私のワクワクな色は事務所の壁のピンク。ちょっと前まではもう少しマゼンタみたいなピンクだった。
―――なるほどー。コンセプトが先に決まると選びやすい。
「これとこれ、どっちがいいでしょう?」と聞かれることがたびたびあります。正解を求めちゃうというか。日本の教育の問題でもあるんでしょうね。でも、自分で選べたらいいよね。みなさんが誇りをもって選ぶお手伝いをしたいと思います。
◆ 点がつながってストーリーになる
( ↑ ↑ ↑ TSUTAYA BOOK GARAGEでのイベント『街角キュリアスプロジェクト』。コンセプトイベント、アートディレクション、DIY、グラフィックデザイン、しつらえ と、全ての点が線になったと感じたそうです。)
―――お客様はみなさん、誇りをもって選択するようになられますか?
もちろんそれが理想ですが、お客様の個性も私たちに求めるものもさまざまですから、すぐじゃなくてもいいんです。環境が変わることで人の心や行動が変わることってあるはず。その環境づくりをする仕事だと思っています。
―――乙須さんたちと一緒に作った新しい環境で過ごす中で、だんだんと実感してもらえたらすてきですよね。
いつかふと気づくんですよね。私自身、いっぱい転職してきたからわかる。「何しても続かないじゃん」と思ってた時期もあったけど、いろんな点がつながって、今ストーリーになってる。
―――いろんなチャレンジをしてきたから、そう思えるようになったんでしょうね。
うちは「おまえがやりたいならやりなさい」という親で。その影響は大きいかな。
―――それって当たり前のようで、実はすごいことですよね。
そうでしょうね。金銭的に難しいとか、親だから心配だとか、いろんな事情や気持ちもあっただろうけど、いつでも見送ってくれた。‥‥なんか、泣けてきますね。
何かのテレビ番組で見たんですが、「人は、高い収入があるより、自分で決める人生を送っているほうがずっと幸福感が高い」という調査結果があるんですって。それを見て、確かに私は幸せだなと思いました。以前のような収入はないけど、自分たちの会社で、自分たちで決めた方針で、毎日自分で選んで生きてるから。
元来、面倒くさがりの私は、日々の選択で疲れちゃう面もあるんですけどね(笑)。でもやっぱり、そのほうが幸せだと思うから、最近はますます自分から動いています!
(おわり)
◆◆ 株式会社キュリアス・マインズ ◆◆
乙須さんがインテリアデザイナーをつとめる建築設計デザイン事務所です。情報更新中!
●official website : https://www.curious-minds-inc.com/
●facebook : https://www.facebook.com/pg/cm.brocante/
●instagram : https://www.instagram.com/curious_minds_inc/
編集後記
実は、この「カンバセーション・ピース」のロゴも、それからチラシも、乙須さんによるデザインです。
製作にあたって受けたヒアリングは、とても楽しく興味深い時間でした。みなさん、インテリアやDIYなどをお考えの際、ぜひ体験してみてほしい! もちろん、できあがった作品もとてもとても気に入っています^^ 私の思いをカタチにしていただきました!
それにしても、女性のキャリアは紆余曲折ですね‥‥。クールでさばけた印象の乙須さんが、インタビュー中に不意に涙ぐんだ瞬間が心に残っています。 (イノウエエミ)
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