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ついにゆく 道とはかねて ききしかど きのうけふとは 思はざりしを
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ついにゆく 道とはかねて ききしかど きのうけふとは 思はざりしを

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                  ※表題の歌 古今和歌集 在原業平

くるみが逝ってしまいました。

13歳。
我が家にくるみが来てから、7年。

くるみは、ほんとに食いしん坊で、何をあげてもだいたい、なんでも美味しそうに食べてくれました。

ただ、いつも、もっと食べたい!という顔をされてしまって…
くるみが欲しいだけ、もういらないといわれるまで、あげたことがありませんでした。

ダックスは腰を痛めることが多いと言われています。

くるみを飼い始めて、くるみとお散歩していると、お散歩中の他のワンコ達によく合いました。
自分だけだったら道行く人と、お話するきっかけなどほとんどなと思いますが、くるみのおかげで初めてお会いする方でも、お話したり、お知り合いになれたりしました。
その飼い主さんたちとの会話の中で、よく「ダックスちゃんは腰を痛めることが多いので気を付けて」とか「くるみちゃんは腰は大丈夫ですか?」とか「うちの子は去年ヘルニアになってしまって、大変でした」などと、よく言われました。

それで…私は自分で世話をする犬を飼うのは初めてだったので、これだけ、いろんな人が同じようなことをいうのだから、この犬種には、ほんとによくあるのだろうなと思い、気をつけなければと、思ったんですよね。

くるみはほんとに食いしん坊だったので、太らせたらいけないなと思い、欲しい欲しいとせがまれても「これで終わりですよ」と、与え過ぎないように気を付けていました。

そんなくるみが…腎臓を悪くして、何を出しても、これ食べたくないと、
やっと食べても、少し食べてもう要らないと…。
そんなことを言うようになってしまい…
くるみが亡くなる1週間前は、まったく食べ物を受付ず…
そして亡くなってしまいました。

寝ていても、袋を開ける物音がすると、起きてきたりする、くるみ。
小声で「食べる?」と言っても、パッとと飛び出してくる、くるみ。
そんなくるみが、まさか、ごはんを要らないという日が来るなど、
まったく思ってもいませんでした…。

くるみはかわいい顔に似合わず骨太で、ミニチュアダックスにしては大柄、うちでは勝手にダックス界の和田アキ子と異名をつけていました(笑)

良く食べ、良く出し、よく眠る。
穏やかで、怒ったり騒いだりもしない。
吠えられても、全然関係ないという顔でした。
何かしつこくされたり、いやだなぁというときは、あくびして私の方に来るので、抱っこされたり、私の後ろになったりして、ちゃんとかわしていました。
主張はするけど、無理だと思うとスッとあきらめることも上手で、いつまでも執着したりしない。

お留守番が好きだったとは思いませんが、留守番の間は、ほぼ寝ているような様子でした。

ホントに出来過ぎなくらい、性格のいい、おだやかなワンコでした。

そんなくるみが苦手だったのが、病院。待合室ではブルブルしていて、それはストレスだったと思います。

腎臓病がわかってから、毎日通うこともあり、また、かかりつけ病院の他、東洋医学の動物病院や自然療法のできる動物病院とか…何か所も通ってしまったので、くるみにさらにストレスだったのかもしれないと思います。

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        待合室ではこんな浮かない表情のくるみ

病気になってから、だんだん食が細くなり、それまで大好きだったものも、食べなくなって、やだ!とそっぽを向かれるようになりました。

でも、ほんとに具合が悪く、横になったきりになるまでは、くるみは食べたい気持ちはあったのだと、思っています。

私はキッチンに入って、くるみたちのワンコごはんを作り始めると、いつものように入口近くに来たり、横になったままでも、顔はキッチンを向いて、様子を伺っていたり…、何を作ってくれるの?と期待の表情でこっちを見ていました。

お、食べる気あるな~と、嬉しくなって作ってみたものの、お皿によそって目の前に出すまではしっぽを振って嬉しそうだったのに…。口のそばに持っていくと、要らないと、横を向かれてしまいました。

「なんか食べたいなぁ」と思っているのに、食べ物を見ると、これじゃないと、そんな気持ちだったのかと思います。

くるみがなんでも美味しく、嬉しく食べられていた時に、
今日はこれだけ!などと言わず、
もっと食べさせてあげればよかった…と思います。

それで太って腰を痛めたら、それはそれで後悔するのだろうと思いますが…。

くるみは、おもちゃで遊んだりすることもほとんどせず、
ドッグランに行っても、全然走らなくて、その場に座って寝てしまうし、
お散歩も歩くよりもクンクン、クン活が主体でしたし、お散歩自体がそれほど好きというわけではなかったようです。
自分で歩くよりカートに乗って、少し高い位置から景色を見る方が好きだったように思います。

くるみが好きで、自分から積極的になると言ったら…

おやつとごはん、これだけと言って過言ではありません。

くるみの好きなことは、とにかく美味しいものを食べることだったのだなぁと思うのです。

だから、くるみにもっといろいろな物を、そしてたまには、もういいよ!というくらい、食べさせてあげればよかった…と、思います。

はやく、はやく2

くるみ19

亡くなる1週間くらい前から、くるみは全く何も口にしなくなりました。

それまでも、自分で食べることはほとんどなくなっていたので、シリンジでペーストごはんをあげていたんですが…食べたくないというところを、無理やり口の奥に入れてゴックンさせるので、くるみは嫌な顔しました。

食べるのが大好きだったくるみに、食べることで嫌な顔をさせてしまったことは、ホントにくるみに悪かったと思います。
でも、食べないとだめだよ、死んじゃうよと思って、無理やりでも食べて貰わないと、と思ってしまいました…。

先生に鼻から管とか、流動食などお願いできないかと話した時、

先生は、それはどうなんですかね?無理やり食べ物を突っ込まれて、自分だったら、どう思いますかね?と言われました。
もうくるみちゃんは何にもいらない、このままそっとしておいて、と思っているような状態かなって見えるよね、と。

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食べたくないのに、食べられないのに、それまでも、ずいぶん無理して、くるみは食べてくれていました。
ほぼ寝たきりのような状態になって、くるみにいやいやされても、ペーストなどを口に入れて…そういう時はちゃんとごっくんと飲み込んでくれて、数回でも食べてくれていました。
大好きなはずだったごはんが苦行のようになっていたかもしれないですが…。

その時、くるみは頑張って食べてくれていたんだと思います。それは、くるみ自身のためではなく、「食べてほしい」という私たち家族の願いをくるみが聞き入れて、振り絞って頑張って食べてくれていたんだと思います。

そして、もう、そういう頑張りもできなくなったのが、最後の1週間だったのか…と、今は思います。

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何も食べなくなり、お水を飲むだけで…本当は何かもっと食べて貰いたかったですが、でも、くるみは飲み込まなくなっていて、無理に食べて貰うのは止めました。

そして、その時期から、それまでのように寝ているのではなく、家族のいる方を見ているような感じになりました。

私が本を読んでいたり、パソコンで作業していて、ふと、くるみをみると
くるみは寝ておらず、眼を開けて私を見ていました。

何かを訴えるというような感じでもなく、ただ、見ている…そう、見守っている、と言うのに近いでしょうか。

くるみは…残り少ない時間と体力を使って、意識を持って私たちと過ごすことに注力してくれていたんじゃないかと思います。
私たちがくるみを愛している以上に、くるみの想いが私たちを包んでくれました。
くるみは病気になってから、ホントは嬉しくないこと、してほしくないことはいろいろあったと思います。病気になる前も、くるみが嫌なことも、困るなと思うこともたくさんあったと思いますが、そんなことをものともせず、くるみが私たちを好きでいてくれると感じました。

くるみの姿が見えなくなった今、それはとても寂しく思いますが…くるみの注いでくれる想いは今もここにある…無償の愛というのはこういうことを指すのではないか…とそんな不思議な体感がします。

くるみに出会った幸運と、くるみが注いでくれる想いに、ただただ感謝です。
ありがとう!どうもありがとう、くるみ。また会おうね。

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横浜でくるみ&チコと暮らしながら、cafe con ti,para tiというドッグカフェをしてます。 ワンコと暮らし始めて、ものごとの見え方も、感じ方もワンコファーストの毎日です(笑)。 料理を作ることも、食べることも、日々の暮らしも、できるだけ丁寧にと思うようになりました。