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#シン・エヴァンゲリオン劇場版

新着の記事一覧

〈変態表現〉の自由:春日武彦『奇妙な情熱にかられて ミニチュア・境界線・贋物・蒐集』

書評:春日武彦『奇妙な情熱にかられて ミニチュア・境界線・贋物・蒐集』(集英社新書・2005年刊) 昨日、公開まもない映画『シン・ウルトラマン』(樋口真嗣監督・庵野秀明脚本)を観てきた。 点数をつけるなら「M87点」といったところで、「楽しめたが不満も残った」あるいは「不満もあるが十分に楽しめた」、そんな作品だった。 この作品には、批判的な人も少なくないようだが、かの「ウルトラマン」を再解釈して、時間制限のある映画にした新作ならば、それは避けられない事態であって、ことさら

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観るポイントが全く違うから、より楽しめます。スゴっ。 https://youtu.be/yoWt4HDCZZE

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いま、ウルトラマンを描くこと:庵野秀明&樋口真嗣『シン・ウルトラマン』

いま、ウルトラマンを描くというのは、もちろん容易なことではない。なぜなら私たちは、人間の愚かさというものを、嫌というほど思い知らされており、未来に対しては、「希望」よりも「危機感」、いや、いっそ「絶望」の方が圧倒的に大きいからだ。 いまの私たちにとっての「希望」とは、「光り輝く未来」ではなく、「危機の回避」といったような、消極的な意味しか持ち得ないのではないだろうか。 具体的に言えば、「地球温暖化」の問題などがその典型であり、私たちはこの問題が「人類の叡智」によって避けられ

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エンドロール

今夜は特別で幸せな夜を過ごして帰路に就いた。 今夜、僕はアドレス帳の中を人生で初めて整理した。 今夜、まず170件削除した。 あえて削除にしたのは僕の眼中から消すため。 ブロックやNGにする方法もあったけれど。 そこまでの大きな話ではないと思ったから削除の選択をした。 明日からもこの作業を続けるつもり。 ・・・・・・・・・・・ 「 沈黙は金 雄弁は銀 」 今夜こそ、この言葉を少し理解したような気がしている。 ツイッターにも書いたけど、 今の僕を生かしてくれている人を僕

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シン・シリーズにおける庵野秀明のカメラ表現への異常なこだわりを、シンエヴァで振り返る

2022年5月13日に、シン・ウルトラマンが公開されました。 庵野秀明氏は、これに撮影と編集で参加しています。 私は、シン・シリーズ(シン・ゴジラ、シン・エヴァンゲリオン、シン・ウルトラマン、シン・仮面ライダー、等)に通底するものとして、庵野秀明氏のカメラ表現と編集へのこだわり(あるいは実験精神)があると考えています。 シン・ウルトラマン公開に合わせて、2021年5月16日に公開した、シン・エヴァンゲリオン劇場版のカメラ表現についての記事をリライトしました。 英語の記事をリ

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映画「シン・ウルトラマン」感想

 映画「シン・ウルトラマン特報」感想  迷いましたが、個人的な感情の忘備録としてシン・ウルトラマンの感想を残すことにします。同監督の作品で比較するならば、端的に表現すると「シン・エヴァンゲリオンほどつまらなくはないが、シン・ゴジラほど面白くはない」といったところです。ちなみに、私にとっての初代マンは「M78星雲の宇宙人?」「そうだ、ワッハッハッハ……」というやりとりから、テーマ曲のようなものが流れるレコード盤の記憶のみで、たぶん本編はほとんど見ていません。  本作の視聴中

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【シン・ウルトラマン考察】ウルトラマンの目的と正体、本名の意味を解説&考察

映画本編とデザインワークスのネタバレを含みますので 本編未視聴の人は注意してください。 ウルトラマンの正体と目的ウルトラマンの正体と目的が本編とデザインワークスから判明しています。 それは 人類の進化系であり、人類を生み出した存在。 人類を監視、保護するのが目的。 ということでした。 人類にとって神そのものということになります。 宇宙の決まりで惑星を侵略するには生物兵器しか使ってはいけないという星間条約が存在しています。 人類もその条約にのっとった発展途上の生物兵器

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「シン・ウルトラマン」は「シン・ゴジラ風の何か」でしかなかった

監督樋口真嗣、企画・監督・総監修庵野秀明の映画「シン・ウルトラマン」を見てきた。 「シン」シリーズの映画は私は大好きで、「シン・ゴジラ」も「シン・エヴァンゲリオン」も映画館でそれぞれ3、4回見ている。いずれも映像的な美しさ、面白さが圧倒的で、つい何度も劇場に足を運んでしまうのだった。 そのため、今回の「シン・ウルトラマン」も期待が大きかったのだが、率直に言ってその期待ははずれた。肩透かしだった。 一本の映画としてまったくつまらないとか駄作だとか言うつもりはない。通常の邦

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シン・ウルトラマン:現実と《虚構》の中間から見えるもの

話題の『シン・ウルトラマン』を公開初日に観てきた。 正直な感想としては約120分退屈せず楽しめたが、モヤモヤする部分もあり、いまいち満足しきれない部分もあった。 私は始めのウルトラマンはティガの世代なので、初代にそこまで思い入れがないのも乗り切れない要因のひとつなのかもしれない。 今回の記事では『シン・ウルトラマン』の内容よりも『シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース』の内の一作品として通してみたこの作品の立ち位置を考えてみたいと思う。 それは主に《虚構》と自分(実体)との

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映画『シン・ウルトラマン』を公開日の夜に見て、そして一晩考えたこと

公開初日の夜に、『シン・ウルトラマン』を観てきた。既に賛否両論の感想が飛び交っているのだけれど、僕は「世間(僕の嫌いな言葉だ)」で共有されている論点にはそれほど関心がなく、むしろ別のいくつかのことが引っかかっている。詳しいことは週明けの座談会で話すつもりだが、まずは一晩考えたことをシェアして、問題提起としたい。 まず僕は前提として、この『シン・ウルトラマン』の「コンセプト」は「とりあえず」有効に機能していたと考えている。『シン・ゴジラ』の記憶があたらしい観客の多くが、おそら

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