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エリート会計事務所(プライス・ウォーターハウス)が認めた圧倒的ライバル(アーサーアンダーセン)1960年代のアメリカコンサル業界

seizanry

 前回、前々回に書いたように、1960年代のBig4会計事務所のコンサル部門について、プライス・ウォーターハウス(後のPWC)とアーサー・アンダーセン(2002年消滅、コンサル部門はアクセンチュアとして存続)の状況はかなり対称的でした。プライス・ウォーターハウスは会計事務所であることにこだわる一方、アンダーセンは会計事務所とコンサルティング・ファームの両立を実践していました。

 両者の考え方の違いは会社の組織体制にも如実に現れていました。

 1960年代のプライス・ウォーターハウスは自らを、監査・会計業務を生業とする会計事務所であると強く意識し、社内の様々な組織、人事や経理部門等のサポート部門はすべて監査・会計のための組織でした。監査・会計業務はパートナー陣全体で運営しており、それはコンサル部門が会計事務所の中の一部門に過ぎず、特定のパートナーが管理していた組織とは全く違う位置づけでした。コンサル部門の位置づけは、監査をする会計事務所の中に他にコンサル部門という専門分野を持っている人たちがいる、程度と考えていたのでしょう。何百人ものパートナー会計士を抱える大会計事務所の看板を掲げるオフィスの一角に、少しばかり机を並べるコンサルタントがいる、そんなイメージでしょうか。

 一方同時代のアーサー・アンダーセンの組織は違っていました。アンダーセンの組織では監査・会計もコンサルも同じ一部門であり、両者の関係は上下ではなく並列でした。組織の形に従いアンダーセンは会計事務所でありながら監査・会計業務とコンサル業務に同じように取り組むことができたのでしょう。当時のアンダーセンのシニア・パートナーであったレオナルド・スパチェック氏は、顧客が望むことは何でもやるのがアンダーセン流だ、として監査・会計業務に特別にこだわる考えがないことを言っています。その根底には、1913年シカゴでの事務所設立時に出した、監査・会計業務とコンサルティング・サービスを提供するというアナウンスメントを実践し続けているに過ぎないのです。

 ちなみに現在のPWCの組織はもちろんアンダーセン型になっています。

 プライス・ウォーターハウスは1890年にロンドンからニューヨークに進出して以来20世紀前半のアメリカ会計士業界のリーダーを自認していました。その間の監査クライアント数や売上は常にトップであり、最初の50年間はプライス・ウォーターハウスに真の競争相手はいなかったのです。しかし、1960年代に入るとアーサー・アンダーセンが台頭してきました。

 Big4(当時はBig8)の中で最も成長していると思っていたプライス・ウォーターハウスでしたが、アンダーセンのパートナーの人数、事務所の数、売上を自社と比較すると、アンダーセンが自分達より上に行っていることが分かりました。そこからあらゆる点でアンダーセンを強い競争相手と認識するようになりました。

 このコンサル物語でも以前書きましたが、アンダーセンを設立したアーサー・アンダーセン氏は会計士としてのキャリアをプライス・ウォーターハウス社のシカゴ事務所からスタートさせています。1907年のことです。元同僚の成功をプライス・ウォーターハウスも1950年代までは喜び誇りに思っていましたが、1960年代になるとアンダーセンの成長が懸念になっていきました。

 アンダーセンはプライス・ウォーターハウスと同じように優秀な大卒者を採用していましたが、アンダーセンのパートナーシップの利益を新しい人材に投資する戦略をとり、プライス・ウォーターハウスより少し高い給料や早くパートナーに昇進できる道を提供することをしていました。その効果は明らかで、プライス・ウォーターハウスとアーサー・アンダーセンのどちらかに入社することを選ぶ学生の中には、給料の良さでアンダーセンへの入社を選択していたことがあったようです。

 1890年から半世紀以上アメリカ会計士業界のリーダーを自認していたプライス・ウォーターハウスは常にトップを牽引していた立場と伝統を重視する社風から、アンダーセンに比べ明らかに改革が遅れていました。顧客獲得はアメリカで築き上げた名声と顧客の口コミに依存しており、エリート会計事務所の振る舞いとして他社の顧客に手を出す事を恥としていました。アーサー・アンダーセンは違っていました。顧客から相談があれば、プライス・ウォーターハウスの顧客であろうと遠慮なく乗り込んでいく。プライス・ウォーターハウスが何十年も顧客としている企業にアンダーセンのパートナーを何人も連れ立って乗り込んでいくこともあったようです。

 伝統重視のエリート集団であるプライス・ウォーターハウスと血気盛んな自信家集団のアーサーアンダーセン。両者は全く違う社風で1960年代を過ごしていました。


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