連載 ひのたにの森から~救護の日々⑨キュウゴの夜
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連載 ひのたにの森から~救護の日々⑨キュウゴの夜

こもれび文庫

       御代田太一(社会福祉法人グロー)

静まる園内、夜が来る。

<18:45>
 ひのたに園の夜が始まる。夕食が終わり、日勤(9:30~18:15)の職員も帰りはじめる時間。利用者も多くが部屋に戻り、昼間とはうって変わった静けさだ。

 残る職員は3名。男性・女性1人ずつの宿直職員(9:00~翌朝9:30)と介護・洗濯を担当するパート職員(18:00~)1名だ。男性は僕だけ。

今晩、僕の相方となる宿直女性は、今年短大を卒業した1年目の山村さん(20)だ。明日の朝、早出 (7:00~16:00)の職員が出勤するまで、3人で園を見守る。

<19:00>
 支援室で夕食。つかの間の休息。ティファールの電気ケトルが「パチッ!」と鳴ったので、今朝コンビニで買った日清カップヌードルにお湯を注いで、梅おにぎりと一緒に食べる。
 
 3棟の居住棟を結ぶ中央廊下の真ん中が支援室だ。パソコンやファイルが並び、職員が1日2回の申し送りや事務作業、休憩をする場所で、利用者もよく訪ねてくる。

 カップラーメンをすすりながら山村さんと、「今日の〇〇さん、カラオケでめっちゃ元気に歌ってましたよ!あんな顔初めて見ました~(笑)」とか「職員の〇〇さんに洗濯機の使い方を注意されたんですけど、御代田さんいつもどうしてます?」と喋りながら、夜の介助に向けて栄養補給をする。

カップめん


<19:20>
 コールが鳴った。「ブー!ブー!」という音が園内に響く。

 コールを制御する機材を確認する。男性トイレからだ。まだ食べきってないカップラーメンをそのままに、トイレに向かう。ひのたに園では同性介助が基本だ。

 コールが鳴った個室のカーテンを開けると、車いすの木下さん(58)がいた。トイレを手伝ってほしいとのリクエスト。ビニールの手袋とエプロンをつけて、ズボンを下ろし座ってもらう。用を足すまでカーテンの外で待ち、「終わったで~!」との合図で中へ。お尻を拭き、おむつを装着したら、車いすに座ってもらい部屋まで送る。

 5分もかからない一連の介助を終えたら、手を洗い、支援室に戻る。少し伸びたカップラーメンをまた食べる。

<20:00>
 配薬の時間。20~30人分の薬の入ったカートをガラガラと引きずって、まばらに電気の付く男性陣の部屋を回る。
 
 もう寝てる人もいれば、テレビを見ている人や筋トレしている人もいる。袋ごと渡す人、掌に錠剤を載せる人、口元までもっていく人、薬の渡し方も人それぞれ微妙に違う。飲みそびれた錠剤が廊下で見つかったりすると、それだけで事故報告書を1枚書かないといけないから、「落とさないように気を付けてくださいね~」と慎重に渡していく。

 救護施設の利用者は皆、驚くほどたくさんの薬を飲んでいる。不眠、精神疾患、高血圧、糖尿病、便秘。抱えている病気や不調は様々だ。経済状態、教育水準、居住地域によって健康状態にも差が生まれてくることを指す「健康格差」という言葉があるが、その言葉の意味が救護施設にいると良く分かる。

<20:25>
 一通り配り終えたら、最後は食堂へ。暗くなった食堂の片隅、テレビの前のソファーで、数人の利用者がいつものように談笑している。見ているのは「VS嵐」とか、「警察密着24時」といった、他愛のないバラエティー番組だ。そこにカートを引きずる僕が現れ、「あれ、もうそんな時間か~」としゃがれた声で言う須永さん(78)に薬を渡して、僕も少し談笑に交じる。

 支援者として働いていると、利用者のことを何でも分かっていると錯覚する瞬間があるが、僕たちの目の届かない場所で過ごす時間が大半だ。誰と仲良くて、誰が気に入らないのか。いつホッとできて、どんな場面に生活しづらさを感じるのか。実際は同じ施設にいても、そこで暮らしている人の立場や生活を100%想像することは、やはり難しいなと感じる。

 以前、ある障害者の入所施設では、新人研修として入職後半年間は施設に寝泊まりしながら働くという慣習があったそうだ。今では恐らく実施が難しい研修だと思うが、利用者の生活を同じ立場で味わってもらうという、その目的には納得がいく。

てれび


昼間の食堂のテレビ前の様子


泊まりの醍醐味

<20:40>
 配薬を終えて支援室に戻るとすぐ、コールが鳴った。「自立訓練室」と呼ばれる個室からのコールだ。「自立訓練室」は一人暮らしに向けた練習用の部屋として当初設置され、キッチンやシャワーなどが付く単身用のアパートのような作りになっている。今はコロナ対策で、新しく入所した利用者が2週間、隔離生活を送る部屋として活用中だ。

「どうされました~?」と部屋の扉をノックすると、1週間前に入所した田口さん(仮名)がぬっと顔を出した。

―あのさ、今日あの事務所の女の人から、今度携帯を買いに連れてってくれるって聞いたんだけど、いつになるのかな?
―あーそうだったんですね。相談員の〇〇さんのことですかね。ここでの隔離が終わった後になるとは思うんですけど、ちょっと今は分からないんで、明日みんなが出勤したら確認してみますね。
―ありがとね。頼むわ~

「こんな夜に聞くことか」という思いが頭をよぎりながらも、よく分からない施設でいきなり2週間の隔離生活を余儀なくされる人の不安を想像して、気持ちを抑え、明日忘れずに確認しようと記憶にとどめる。

<21:10>
 夜の排泄介助の時間がやってきた。自力でトイレに行けない利用者約15名の部屋を回って、おむつの交換やトイレへの声掛けをする。この時間には皆、すやすやと寝ている。睡眠を邪魔してしまうことには当初躊躇いもあったが、汚れたオムツを綺麗なものに変え、再び眠りにつく様子を見るとホッとする。

 体の大きな人や、麻痺で屈んだ姿勢の人の介助は一苦労だ。腰に負担のかかる仕事でもある。僕も人生初めてのプチぎっくり腰を、ひのたに園で味わった。

 宿直はおおよそ週1回。夜のひのたに園を味わえる宿直勤務は、手当てが出るというのもあるだろうが、その大変さに比して、嫌いじゃないという職員が多い。100人の夜を守る、それは救護施設で働く醍醐味の一つだ。泊まり明けのハイな気分と妙な達成感は、泊まりの仕事をする福祉職の多くが共感しあえるポイントだろう。

<21:55>
 22時の業務終了を前に、最後の巡視をする。夜中のうちに無断で外出する利用者もいるから、所在確認は気を抜けない。懐中電灯を片手に、「海外の刑務所ではマネキンをベッドに入れて看守の目をごまかして脱走した受刑者がいたんだっけ」とか考えながら、各部屋で布団にくるまって寝ている1人1人を目視で確認する。

電気

 
 部屋にいなかった利用者が1人いたが、長年暮らしている人だし、どこか別の場所にいるのだろうとあまり気にせず、食堂の巡視へ向かった。真っ暗な食堂を懐中電灯1つで回るのは、肝試しをしているようで少しソワソワする。

でもいつも通り何も異変はないだろうと歩いていると、横たわっている人影が現れた。驚いてのぞき込むと、部屋にいなかった村越さん(71)だ。椅子を並べ、毛布をかぶって寝ている。

―村越さん、なんでこんなところで寝てるんですか!風邪ひきますよ。
―あー、もううるせえなあ。昨日来たあいつ(同室の利用者)、イビキがうるさすぎて寝れたもんじゃねえよ。
―でも食堂で寝るのは園のルール違反ですよ…耳銭とかもありますし。
―耳栓じゃ効かんわ、そう言うんだったら、部屋変えてくれ。今日は頼むからほっといてくれ。
―そうはいっても…もう、しょうがないですね…

 説得に応じる様子もなかったので、引き下がる。路上で寝ていたことがある人も多い中、食堂で一晩を明かすくらいどうってことない。そう頭では分かっているが、「一応ルールで決まってるしなあ」「他の職員に伝わったら注意されるかな」といった管理的な感情が芽生え嫌になる。しかしそもそも、2人部屋ではなく個室にするべきなのだ。そう思い直して、気を保つ。

最後に喫煙所に寄り、たまった吸い殻を捨てて支援室に戻った。

尿意の心理学ことはじめ

<22:00>
 ここからは仮眠の時間。明日5:00の起床に備えて寝る職員もいれば、遅くまで事務仕事に励む職員もいる。

<22:20>
「おしっこ行かせてくださ~い!」と廊下から声がした。東山さん(53)だ。

東山さんはベッドの上で尿意を感じるといつも、焦って車椅子に乗り換え、廊下に出てきて職員を呼ぶ。他の人よりも頻度が高く、ある頃は一晩に5~6回職員を起こすこともあった。でも日中の水分量は抑えているから、トイレに行ってもなかなか尿が出ない。やっと出たと思ったら、ちょろっと出るだけ。

限られた睡眠時間を奪われる立場からすると、どうにかならないものかと悩んでいた。

といれ


「東山さん、おしっこ出ないんだったらもう部屋に戻りませんか?オムツもしていますし、大丈夫だと思いますよ。」
「おしっこしたいと思ったら、ベッドの上で我慢できそうか一回考えてみてから、僕らを呼んでくださいね。」

最初は呼ばれる度に、そんな風に声掛けをしていたが、回数は一向に減らなかった。そこで、ある頃から徹底的に待つことにしてみた。一切焦らせず、「いつまでも待つのでごゆっくりどうぞ~」という具合だ。

というのも、頻繁な尿意には何か心理的な要因があるのではないかと思ったのだ。

「次いつおしっこがしたくなるか分からない…」「その度に職員を呼んだらまた小言を言われる…」。

そんな不安な気持ちでベッドに入るから、無意識にずっと尿意の有無を気にしてしまって、結果としてトイレに行きたくなってしまうのではないか。そうやって睡眠が途切れるのは、東山さんだって避けたいはずだ。

考えてみれば、健常者だって「これから3時間、トイレにはいくことが出来ません」と突然言われたら、急に尿意をもよおしてムズムズし始めるだろう。逆に、いつでも安心してトイレに行ける状況なら、ホッとして気付けば3時間、尿意を感じずに済むことだってあるかもしれない。

だからある時からマイルールとして、回数を減らすように促したり、おしっこを急かすような声掛けは一切やめてみた。笑顔で対応し冗談も交わしながら、別れ際には「また気になったら呼んでくださいね~。おやすみなさ~い。」とさらっと伝える。

そうすると、不思議と夜間のおしっこの回数は減っていった。自分でも驚きだった。

心を込めて対応した直後にまた「おしっこ~」と呼ばれることもあったから、明確な因果関係を見出せた訳じゃないし、職員との相性 (東山さんは職員の好き嫌いが激しい方で、運よく僕は好かれていた)もあっただろうから、全体の方針にするのはまだ難しい。

でも自分の中では手ごたえがあるから、泊まりの夜にはいつも心掛けている。

この日も、「おしっこ行かせてくださ~い!」という声がしたので、トイレを済ませてもらった。トイレから部屋に送る道中で「東山さん、そういえば僕の名前覚えてます~?」「い、い、いのだ!」「みよだ、ですよ。覚えてくださいね(笑)」「忘れてまうね~ん、かなんなあ(笑)」と談笑して、別れを告げる。

<22:40>
 今日は疲れてるし、そろそろ事務仕事を切り上げて寝ようかと思っていると、「せんせ~~~~!!」と女性棟から大声がした。島村さん(72)だ。「あ、今日も始まりましたね。」と言って、今度は山村さんが向かってくれて、しばらくすると戻ってきた。

「どうしたの~!?って聞いたら、飴買うて!飴買うて!って(笑)。今度買ってくるわ~!今は寝とき~!って伝えたら、そうけ~!寝るわ~!ってすぐ寝てくれました(笑)」

 夜は、こういうほっこりする出来事も時々起こる。

<23:00>
支援室の電気を消して、仮眠のため宿直室へ。4:45にアラームをセットし、布団を敷いてしばし就寝。

<24:15>
 「ブー!ブー!」とコールが鳴った。音で目を覚まし、宿直室の機械で場所を確認する。205号室だ。スイッチを押してコールを止め、目をこすりながら向かう。

 「岡本さんがベッドから落ちそうになってるで!」。同室の矢島さん(62)が教えてくれた。トイレに行こうとしたら気が付いたそうだ。岡本さん(68)は脳梗塞の後遺症で、体がくの字に曲がってしまう。ベッドのサイドバーを掴んで横向きで寝る癖があって、足がずり落ちてしまうことがよくあった。寝たままの岡本さんの身体を支え、ベッド上で体勢を変えてもらう。

 矢島さんに一言お礼を告げ、宿直室へと戻った。

<3:00>
 またナースコールが鳴った。今度は女性棟だ。宿直室を出ると、山村さんも出てきていた。「私行ってきます。多分瀬口さんのところなので。」と言ってくれたので、その言葉に甘えて、仮眠に戻った。

朝が来る。

<4:45>
 アラームの音で起床。顔を洗って、支援室へ向かう。

<5:00>
 朝の介助が始まる。すでに起きて、園内をうろうろしている利用者もいる。1人ずつ、夜中に濡れたオムツを交換し、パジャマから着替えてもらう。

起床介助がひと段落したら、夜に起きたことをパソコンで記録。昨夜ベッドから落ちそうになった岡本さんについては、ベッドの位置の変更や、落ちた際に身体を支えるマットの設置なども要検討と申し添えた。

<6:50>
 早出職員が到着。必要最低限の申し送りを口頭で済ませ、朝食の介助に入ってもらう。少し休憩して朝ごはんを済ませたら、宿直明けの僕らも朝食介助の応援へ。最後の一仕事だ。

<9:30>
 食堂の掃除をその日の掃除当番の利用者と済ませて、支援室に戻る。
 日勤の職員も続々と出勤して、既に園内は騒がしい。そして、新しい1日が始まると同時に、宿直者の勤務は終了を迎える。

 1年365日、ゴールデンウィークも大みそかも、施設では同じように夜を迎え、朝が来る。

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ある日の宿直明け。雪に覆われたグラウンド。

カラダとココロとアタマを使う

 知り合いに福祉の仕事で働いていると伝えると、「ICTやロボットで介護・福祉の人材不足を云々」「そういうので起業したらイケそうじゃね?マーケットでかいし。」みたいによく言われるけれど、そう語る人が、現場の日常をどれだけ理解できているかは怪しい。

ここに書いたような救護施設の夜を見守れるロボットは、そう近い未来に開発できるものではないだろう。

 もちろん、単純作業の効率化や、データに基づいた良質なケアの実現のためにICTや各種デバイスを導入する余白はたくさんある。
ただ、それらのテクノロジーは現場の職員がより余裕と時間を持ってケアにあたるために導入されるのであり、導入によって、ただでさえ足りていない現場の必要人員が減るわけでは決してない。

 「1人の職員で〇人を介護を…」といった配置基準や、「介護職員の賃金を月〇円上げると…」といった人件費などに矮小化されて語られがちな介護・福祉の現場だが、常に身体性(カラダ)、感情(ココロ)、思考(アタマ)を同時に器用に駆使しながら、目の前の人の暮らしを支えるからこその苦労と面白さがある。

 3K職場というイメージに対して、真っ向から反論することは難しい。でも固定化されたイメージを上塗りするような新しいイメージを作り上げて、伝えていくことは出来るはずだし、それは現場を知っている1人1人がするしかない。そんな気持ちもあって、夜のひのたに園をお届けした。
                    つづく

※職員・利用者の氏名はすべて仮名。


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御代田さん

みよだ たいち
1994年神奈川県横浜市生まれ。東京大学教養学部卒。在学中、「障害者のリアルに迫る」ゼミの運営や、障害者支援の現場実習、高齢者の訪問介護などを体験する。卒業後、滋賀県の社会福祉法人グローに就職し、救護施設「ひのたに園」にて勤務。

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