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ほぼ漫画業界コラム160【コミカライズの原稿料の話】

ちょっと前に原稿料が安いとかなんとか話題になってたみたいですね。でも、肌感的には原稿料の相場は上がっていると思います。ただ、中にはとんでもなく安い原稿料で仕事をしている作家もいると聞きます。今回、話題になったのは主にライトノベルのコミカライズの原稿料が安いという話のようです。そこでそれについて考えてみたいと思います。

基本的に原稿料ってのは相場がありまして、少年誌なら少年誌、青年誌なら青年誌とジャンルによって大体同じになります。当然です。他社より安い原稿料ならば作家さんは来てくれませんし、安いという噂もすぐに広まりますし。

じゃあ、すごく高い原稿料が成立するのかと言えば、それもありません。他社より極端に高い原稿料であれば損益分岐点が上がって競争で不利になります。編集部が赤字になれば存続できませんし、株主からも怒られます。

だからどの編集部側も極端に安い原稿料も高い原稿料も提示できないはずなんですよ。昨年、某社の原稿料が高いと話題になりましたが、あの競争率や作画密度から考えると極端に高いとも思えません。そもそも連載できる可能性が低いのですから。

ただ、確かに最近、いろんな作家さんから聞いてると、びっくりするぐらい低い原稿料の人もいます。大抵、それがラノベのコミカライズ案件なんです。なぜそんな事が起きているのでしょうか?答えは簡単です。ラノベのコミカライズ案件が増えすぎたから。

各種電子書店のランキングを見てください。上位のランキングのほとんどを小説投稿サイトの小説のコミカライズ作品が占めています。その比率は年々増えていきます。

ここ10年ほど前からたくさんの出版社が飛びつきました。当時の出版社からすれば実際にコミカライズ作品でヒットを作るのは漫画家さんとオリジナル作品をヒットさせるのに比べてはるかに容易でした。なぜなら作る前から売上の予測がつきます。流行りのジャンルやトレンドなどは既に小説投稿サイト上で精査されています。ヒット率は格段に上がりました。逆にオリジナルのヒット率は下がってきました。もちろん紙の単行本の売り上げも厳しくなってきました。それらの売上減少幅を埋めるために、出版各社は電子書店用コミカライズ作品の大量生産に踏み切ったのです。

ただ出版社も社員の数は限られています。だから多数の外部スタッフに様々な作業を委託する形でそれらは進められました。そしてこれが、極端に低い原稿料が生まれる理由となったのです。

昔は小説のコミカライズは単純でした。僕も一度だけ小説のコミカライズに挑戦した事があります。ヤングガンガンの編集者時代に小説家、原田宗典先生の『平成トム・ソーヤ』を漫画にしました。僕は学生時代に読んだその小説が大好きでした。文庫版が集英社から出ていたので、集英社に電話して原田先生の連絡先を聞きました。当時は文庫の編集部と漫画編集部はライバル関係になかったのでスクエニ社員の僕に、集英社の担当編集は快く連絡を取り次いでくれました。そして、当時の原田先生の自宅に、どうかこの小説を漫画にさせて欲しいと何度も通いました。熱意の結果、コミカライズOK。次は作画者を探しました。当時、担当していた井田ヒロト先生に小説を読んでもらいました。面白いやろうぜ!・・・ということで最終的にその作品は『戦線スパイクヒルズ』と名を変えて連載しました。小説とちょっとテーマが変わりそうだったので、原田先生宅に何度も通ってタイトル変更もOKもらいましたね。そう編集者が自身で漫画にしたい小説を探してきて、著者にコンタクトをとっていたのが普通だったのです。古き良き漫画編集者時代。牧歌的でしたね。楽しかった。

・・・ですが最近はそうではなくなりました。大抵、小説のコミカライズ権を持っているエージェント会社がおりまして、そこからコミカライズに適した小説を紹介してもらいます。当然、エージェント会社もタダでは動きません。漫画にするためにページあたりいくらの料金を請求してきます。さらに編集作業も必要です。社内の編集者のリソースに限りがありますから、外部のフリー編集者や編集プロダクションを使います。当然彼らにも報酬は必要です。そして小説の原作者ですね。彼らに対する報酬も当然必要です。

よってこれまで出版社の社員と漫画家だけで作られていた漫画と違って、そもそもコストが多くかかるようになったのです。

ただし、それでも前述したようにコミカライズ作品が高い確率でヒットしているうちは良かったのです。実際に数年前までオリジナル作品より、コミカライズ作品の方が原稿料が高い大手出版社もありました。

ですが、それも今は昔。コミカライズ作品は増えすぎました。プラットフォーマーの優劣がはっきりしてきて、各出版社もさらに売上の多くをコミカライズ作品に依存し始めました。もっと作れ、もっと作れ。作品数は指数関数的に増えていきます。そうすると当然ですがヒット率が下がってきたのです。さらにそこにWEBTOONなんかのヒット作も生まれて、電子ストアの競争はさらに熾烈になりました。さらに様々なスタートアップ企業が漫画に参入してきました。昔はスタートアップ企業はITかゲームがほとんどでしたが、最近はその辺が芳しくなく、どこもかしこも、漫画に参入します。さらにさらに市場が沸騰するように競争は激しくなります。さらにさらにさらにプラットフォーマー同士の競争も激化しました。彼らは高額の広告費を注ぎ込み熾烈な競争をします。それは途方もない額です。もう、プラットフォーマー達は以前のような料率を出版社に戻せなくなってきました。

大量生産なのにヒット率が下がり、料率が下がる。おそらく今後、まだまだ競争は激化するでしょう。AI作画の発達により作画コストが抑えられ、より多くの作品が市場に提供されるはずです。真っ青だった海は赤くなり、今では黒いコールタールのようになるでしょう。

で、それが前述した極端に安い原稿料が発生した理由だと推察されます。特に漫画業界の前例を知らないスタートアップなどは、異様に安い原稿料を提示しがちです。気をつけましょう。

このブラックオーシャンで戦う漫画家の皆さんはどう生き残るべきでしょうか? 答えは簡単です。それでもヒット作を出すしかありません。そしてそのヒット作を武器に交渉するしかないのです。もうコミカライズもオリジナルもヒット率で見れば差はなくなりました。当てる!とにかく当てる!ありとあらゆる知略を駆使して、組むべき相手と組んでしっかり当てる。だから高い原稿料も要求できる。ちなみに僕も原作者として原稿料をもらっています。ヒットが積み重なったので原稿料は上げてもらいました。漫画業界で生き残るのは修羅の道です。研鑽を重ね修羅オブ修羅を目指しましょう。

ちなみに僕の会社も新しい会社ですが前職の小学館やサイゲームス基準で原稿料設定しています。新興企業としては高いつもりです。ですが、もっともっと高くできるように頑張ります。そのためにはヒット率上げるぞ。さあ、ワクワクしますね。


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