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膵臓から教えてもらった残り3ヶ月を生きる

おはようございます。
Comfortable Days よーこさんです。


膵臓(すいぞう)って、
「沈黙の臓器」ってよばれてて、
もし、病気がみつかったら、
3ヶ月でサヨナラという認識でいたので、
人間ドックで、膵臓にD判定をもらった時、
脳の時以上に、「終わった」と思った。
とにかくすぐに再検査の予約を取った。

職場にもすぐに連絡、
「膵臓の再検査したいから、
この日に休みください。」とtellをした。
そしたら、
当時の副所長がトンチンカンな方で、
「よーこ先生、心臓の再検査らしい!」
と大慌てしたらしく、
翌日、保育園に行くと、
「大丈夫なの??」と大騒ぎだった。
「いや、膵臓!」と苦笑いだったけど、
膵臓もやばいからーと、内心、思っていた。

もし、本当に3ヶ月しかないなら、
その期間を後悔ない様に生きようと
決心した。

身体が動く間ともう寝ているだけの日々と
わけて、最初に出来ることをしよう。

まず、身体がまだ動く間に、
もう1回ダイビングに行きたい。
沖縄の離島に行って、
蒼い海に潜り、浮遊感を味わい、
カラフルなお魚達と泳ぎ、
夜は、オリオンビールを飲みながら、
大切な人たちにお手紙を書き、
私の人生を振り返ろう。

自分の荷物の整理をして、
ほぼ大部分は捨てよう。

サヨナラのパーティーをして、
今まで出会った人たちとビールを飲んで、
お礼を言おう。
これが最後だからと、朝まで飲もう。

両親に会いに行って、お礼を言おう。

夫と少し贅沢な温泉旅館に行き、
ゆっくりとお風呂に使って、
背中の洗いっこをして、
美味しいものを食べ、ビールを飲んだら、
夫の腕枕で眠ろう。

子ども達と会って、
一緒にご飯を食べて、
小さい時の写真を見ながら、
思い出話をしよう。

お金の整理をして、出来ることなら、
子ども達に少しばかりのお金を渡しておこう。

そんなことしてたら、
段々ときつくなって来て、
家事をゆっくりしたり、
休んだりの日々が始まる。

もう、何も出来ず、
布団に寝てるばかりになるかもしれない。

少し無理を言って、
子ども達に時々顔を見せに来てもらったり、
夫にも早く帰って来てもらおう。

痛みが強くなってきたら、
寿命は縮めていいから、
痛くない方向で、薬を出してもらおう。

延命措置はしなくて良いことは伝えておこう。

最後は、夫に手を取ってもらい、
出来れば、子ども達にも見守られて、
優しく穏やかな気持ちで、
旅立っていきたい。

ほんの一瞬で、
私の残りの人生3ヶ月を考えた。 
これだけ出来たら、本当に幸せ。

この頃は、子ども達は結婚してなかったし、
孫もいなかった。

現在の状況とは、少し違うけど、
大方において、
私は、私の責任は果たしたと思っている。

だから、何も心配する事はない。
私は、私が気持ち良く旅立てることを
考えればいい。

今だったら、子ども達と過ごす時間に
孫と会う時間も加えてもらいたい。
少しだけでも、おばあちゃんとの時間を
作って欲しい。

もちろん、アメリカの娘と孫とは、
すぐには会えないかもしれないけど、
飛行機代おくるから、
一度だけでも直接顔を見て、手を握りたい。

でも、
私の余命は、3ヶ月ではなかった。

分岐型IPMNというもので、
平たく言えば、良性の腫瘍、
小さなポチポチが、膵臓の中にあるらしい。

今すぐに命を脅かすものではなく、
大きくなったり、数が増えたりしなければ
心配ない。
でも、これがない人に比べれば、
ガン化するリスクは高い。

半年から1年で、MRI、あれCTだったかな、
を撮り、様子をみる。

結局、今すぐ、どうこうというものは、
存在しないが、
いつ、どうこうなるかはわからないものが、
あれこれ身体の中にあって、
私には、残された時間が短いのだと
教えてくれる。

若い人たちに遊んでもらっているし、
年齢よりは、若くいるつもりでいたけれど、
身体は、そうではないんだよと語っている。

そんなことも、私の背中を押した。
もう少ししか時間がないなら、
自分のしたいことしたらいいやん
って。

一瞬で考えた残りの3ヶ月のこと、
忘れないでいよう。
私の本当に望むものは、
ここにあるのだということ。


#書くンジャーズ #よーこさん #お母さん #保育士 #Comfortable #膵臓 #残りの人生

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