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伝説のにおいがした

小学5年生の時、同級生のタカヤンが、隣町の中学生にカツアゲに遭ったけど返り討ちにした、という噂がまわってきた。

噂を聞きつけた僕は、すぐさまタカヤンの元へ駆けつけて真相を聞くと、タカヤンはその日自転車に乗って出掛けていたらしく、帰り道で中学生の不良3人組に止められ、お金を出せと言われたが断り、殴りかかってきた相手を倒したということだった。

それを聞いた僕は、いつかそんな不良に絡まれることがあったら、毅然とした態度で接し、殴られようが立ち向かうんだと、心に決めた。


そして、チャンスは意外にもすぐにやってきた。

家の近所のスーパーの3階にあるゲームセンターで、メダルゲームをしていた時のこと。

何度も来ているゲームセンターに、その日は初めて見る顔の男2人組がいた。

見た感じどうやら年上の雰囲気。

特にメダルゲームをするでもなく、周りをキョロキョロ伺っていた。

僕は特に気にせず、黙々とメダルを機械に投入しては、ボタンを押してメダルを増やそうと奮闘していた。

ピッタンコザウルスというゲームで、ボタンを押すか押さないかぐらいのタイミングで、僕の背後から「おい」と呼ぶ声がした。

ボタンを押してハズレを確認してから振り返ると、先程の初めまして男2人組が立っていた。

1人は小太りの坊主頭で、もう1人は少し背の高いセンター分け。

小太り坊主が僕にこう言ってきた。

「金出せ」

きた。

カツアゲだ。

僕にもこの時がきた。

タカヤンの伝説は僕が塗り替える。

殴られようと立ち向かうんだ。

友達に話す時は4人組だったことにしよう。

友達がすぐ近くにいるが、あと2人急に現れたってことにすればいい。

そんなことを考えながら僕は
「お金持ってない」
と答えた。

いきなりパンチが飛んでくるのか、それとも蹴りか、羽交い締めにされる可能性もある。

「飛んでみろ」とか「ポケットの中見せろ」とか言われるかもしれない。

どうなったっていい、僕は伝説をつくるんだ、と荒ぶる心を抑えながら相手の出方を待った。

「じゃあええわ」

小太り坊主はあっさり引き下がった。

何の確認もせず。

そのままコブボ(小太り坊主)はノッポセンター(背の高いセンター分け)と、ゲームセンターから去っていった。

後を追いたかった。

後を追って「もう少し粘ってくれよ」と言いたかった。

ラリーとして短過ぎる。

「消しゴム貸してくれへん?」
「俺も忘れたわ」
「じゃあええわ」

のラリーの長さ。

カツアゲの場合は、もっとラリーがあるはずやろ。

親戚のおばちゃん同士は、何かのお金の受け渡しにおいて
「これ気持ちやからとっといて」
「いや、そんなん悪いわ」
「ええから、迷惑かけたし」
「そんなんお互い様やないの」
「ええのよ、これでなんか子供に美味しいもん食べさせてあげて」
「ほんまにええの?」
「ええのよ、ね」
「うん、ほなありがとう」
くらいのラリーをする。

殴られなくても、このくらいの長さのラリーはせめてしてほしかった。

もう返り討ちとかそんな贅沢は言わん。

ラリーだけ長くしてほしかった。

ノッポセンターは何か喋れよ。

コブボは第一声を掛けてきたからまだええけど。

ノッポセンターはそこに割って入ってきて、何か喋らんと。

僕とコブボのセンターに割って入ってこんと。

何のためのセンター分けやねん。


彼らが去った後、僕はもう少しだけメダルゲームをした。

僕のメダルは、機械にずっとカツアゲされ続けた。

伝説は自分1人でつくることは出来ない。

これが僕の伝説未遂事件である。

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