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「自分の選んだ道を、自分でいま、一歩前に進む」事について(アイカツの魅力)

アイカツは無印シリーズを160話くらいまでみた上での感想になります。色々と考えてみました。

音楽も、キャラクターも魅力的です。しかしそれ以上に、アイカツがもっともアピールできるところは、「自分の選んだ道を、自分でいま、一歩前に進む」事をもっとも大切にしているところです。

確かに、基本的にアイカツはスポ根話といえますし、日々の地道な努力を良しとする物語です。

ポジティブシンキング全肯定・コンフリクト(葛藤,軋轢)のないスポ根成長物語と、アイカツシリーズが異なるところをあげるならば、(巷でもよく言われていますが)「悪人」のいない、憎み憎まれる人間関係ではないこと、その上で、選択や成果といった自分に対する葛藤が描かれている事です。

そして、作品の謳うメッセージが、歌や物語の中に落とし込んでいる事でした。

主題歌・劇中歌の歌詞や音楽が、物語が進むに従って、単体で受け取る以上の意味合いを持ちました。特に1stシーズン1期の楽曲は、その側面が強かったです。(詳細はネタばれとなるので省略します)

本編においては、以下のようなメッセージが響きました。

・1つのゴールのためのドラマではない
・「他の人間のレールではない(必ずしも自分がレールを敷くことでもない)」ドラマである。
・「辞めること・諦めること」は挫折や失敗ではなく、選択肢の一つだと示している。
・葛藤から抜け出す、行動する事を描いている

全員が、選抜に選ばれる・クイーン(アイドルの頂点)になる為に勝つ負けるも描かれますが、それが絶対の目的にはなっていない、「輝く」事ひとつの方法の為に、自分を痛めつける‬事を美徳としていないのです。

(以下ネタばれあり)

際立った話で、とあるスーパーチームに入る為の選抜試験がずっと行われ、友人を横目についに自分が選ばれた女の子がいました。大概の作品においては、選ばれた事をゴールとして成功したと描くと思います。
ただアイカツの場合はそうではありませんでした。選ばれた途端に自分の実力より高いレベルのステージについていく為、その女の子はきつい仕事や練習後も、自主的に、深夜一人で練習を続けました。その時は無事に翌日のステージをミスなく成功をしました。(ただ終わった後も自己評価は低く、またチームから孤立して距離ができてしまった友人の事を思って心折れてしまうのです)
自主的な努力という状況に自分が抜け落ちている場合、また慢性的にそのような状況に追い込まれることがつづく場合、チーム(組織)や本人にとってそれは負である、それを立場の上の人間が早い段階で気がつき、相手が力量不足と責めるのでなく自分が選抜をした事が誤りとした上で、別の道を示したシーン(クビにする事される事もまた悪としなかった事)は非常に印象的でした。

(ネタばれおわり)

私的な話となるのですが、今の会社で度々、○○は変わろうとしないと叱られました。営業で利益をとって会社に認められるために、数値や商品知識をつけるための自助努力(労働時間外勉強)をせよと過剰気味に言われ、その人に怒られないよう受動的に働き、また勉強をしました。その努力の方向が自分の気持ちと繋がって実際の業務に生きて、客先に褒められ自信に繋がれば、成長する(変わる)事ができたのでしょうが、自分の場合はその手前の上司からのプレッシャーに臆する事でいっぱいいっぱいとなってしまいました。表面的には業務をできるようになりつつありましたが、今後ずっとその仕事を続けるための信頼関係を持てないと判断するに至ってしまいました。

話を戻しますが、アイカツの主人公クラスのキャラクターでも、一人は目標を超え頂点となる、その玉座をさらに高めるために土台となる市場を活発になるために意図的に競合を育てて競わせる事をする、マネジメントをする人間もいれば、目標を超え頂点となった地点で、その玉座を置いたまま、あっという間に今がスタート地点と切り替えて、いつの間にか別の行動を始めているタイプの人間、また旧来のように失敗をめげずに努力を重ねるタイプと、色々なタイプがいました。

(ここに何か書こうとしたのですが、うまくいかなかったため文書〆ます・・)

アイカツは、例えばKey作品の様なスピリチュアル的に繋がる何かが描かれている訳ではないです。また家計や将来性、芸能界や社会の悪意といった、現実の自分と重ねる上で必要な物語も(女児向けアニメ作品なので)希薄なのは否めません。性や恋愛描写も同様です。しかし自分が何かを選択する事、一歩を踏み出す事をするための、シンプルなきっかけとなる軽やかで良質なアニメーションシリーズです。しばらく日常の側に置いて、今の岐路を乗り越えたいと思うのでした。


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