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泣きだしたい、ほんとうは

みんな実は、泣き出したかったり踊りだしたいのを、がまんしていたりするのかな。

都会の人混みで、電車の中で、ふと思うことがある。
みんなすました顔をして、スマホをみたり足早に歩いていたり。すれ違ったり一緒の空間に数分居合わせるだけでは、その人の持つ背景なんてまったく何もわからない。
だけど実際には人の数だけの感情があって、物語があって、人生がある。どうにもやりきれないほど悲しいことがあって、今にも泣き出したいけれど人前だからそれができない、という人もいれば、ものすごくうれしいことがあって、もうその場で踊ったりスキップしたい、という人もいるだろう。

大人って、感情を隠すのが上手な人が多い、と思う。
そんな素振りはみじんも見せず、しっかりと「大人の顔」をしているんだもの。すごいな、と、思う。

そういう自分も、内心ものすごくうろたえながらも、「へー」といってその場をやり過ごしたことは数知れない。
その度に、自分の感情に鈍くなっているという実感も、ある。

ほんとうは、もっと感情をそのまま素直に出したほうが楽だし、健全なんじゃないのかな。
自分をなくしてしまう前に、気持ちをちゃんと出すようにして、その時々の感情に向き合い消化することが、自分の精神をすこやかに守るために必要なんだと思う。

そしてそれを実践していくためには、いろんな状態の人がいる、ということを受け止めあえる余裕を、関わる人お互いが持っていられたらいい。
そんなやさしい世界になったらいいな、と、都会の人混みの中で思うのです。

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