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これっと臨時号編集雑記〜平野義文さん歴史を語る。高校生たちのオンラインインタビュー。

しばし休刊中だった岩見沢発信のフリーペーパー「これっと」臨時号絶賛編集中です。みんなでもっと元気に!を合言葉に、地域の人のつながりを大切にすべく、行政の皆さんのありがたい支えもありながら、このたび臨時号を出すことになりました。今回のこれっとはコミュ二ティラジオ局エフエムはまなすと岩見沢市観光協会との連携、観光協会の皆さんと一緒にゲストトークを紙面と放送でお伝えしていきます。主役は人、そしてその物語。地域の皆さんだけでなく、いろんな方の元気に繋がるようオンライン中心に取材を進めています。

さてその「これっと」の記事を一つ。先日、岩見沢緑陵高校三年生の皆さんが、シビックプライド探求部という会を主宰されている市会議員の平野義文さんにインタビューしてくれました。平野さんは、以前から「これっと」で岩見沢の歴史に関する記事を連載してくださっていて、そのわかりやすい語り口調と文章で歴史ファンになった方も多い。岩見沢の池上彰さんか中田敦彦さんと言ってもいいでしょう。ユーチューバーになったらいいのに、と思っております。

今回の主眼は、高校生たちが平野さんに「鉄道のまち岩見沢」の歴史を主に伺うというもの。学校の課題研究で氷室冴子研究をすすめているJK4名が、氷室小説にでてくる岩見沢の風景と今のまちの様子が違うことに気づき、俄然歴史に興味をもったというのです。そこで、彼女たちからの質問に平野さんが答えてくれる、というインタビューでした。その模様を担当教諭である川崎先生(またゆっくり記述したいです)と私がコーディネートさせていただいたのですが、いや〜おもしろい。岩見沢に敷かれた鉄道って全国で3番目なの、知ってます? とか、薩摩と岩見沢のつながり、とか、レールセンターの星のマークの所以などなど・・・。

北海道に生まれ育つと、日本の歴史がまるで外国のように感じてしまうことがあります。(え、私だけ?)東京で暮らしていた時には周囲に「徳川」とか「織田」とか「今川」とか、それって・・・・。と思う苗字の方がふつーにいました。(いや、岩見沢にもいますよ。いるんだけど)とか、少し前からいろいろご一緒していただいている千代田区観光協会で神田の生き字引のような方(田熊さん。また記述したい)なんかはふつーに「それ、慶喜がやったんだよねえ」などと、まるで親戚のように会話に歴史上の人物がでてくる。そういう、日本の歴史には、北海道、ましてや岩見沢はけっこ〜〜〜遠い感じがしているのです。日本の歴史とは別物。だってまだほんとに新しい。明治15年、鉄道が敷かれてからまちができてきたんですよ。しか〜し!俄然、ここにきてわがまちやこの地域が、日本全体の歴史につながってくるのです!これがすごい!

先日書いた、「炭都と野球の物語」しかり、平野さんのエクストリーム岩見沢しかり。人に歴史あり、まちに歴史あり。いろんな切り口でこのまちにゴロゴロと転がっている物語を拾い上げ、大事に大事に磨いてあげることが、いつかドラゴンボールとして社会を変えていくことでしょう。

インタビューの時は高校生たちと一緒にひえ〜とかほえ〜〜とたいそう盛り上がった私です。この模様は、「これっと臨時号」にて!

では楽しい1日を・・。風に飛ばされないでください。私か、危ないの。

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