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母がファンです

洗濯物を取り込もうと庭に出たら、向かいの家の奥さんが、フォーマルな装いで中学生の娘さんと帰ってきた。
卒業式だったんだな、と思った。

ふと、頭の中でいきものががりの「YELL」が流れる。


長女たちが中学校の卒業式で全員合唱した歌だ。この曲を聴くと、甘酸っぱいような、切ないような、そんな初恋に近い気持ちになる。


*****

今年の1月末、我が街にも久しぶりに雪が40センチくらい積もった。そんなにも雪が積もることはめずらしく、19歳の息子も庭先で小さな雪だるまを作ってはしゃいでいた。

まぁ!かわいい!


今の家で暮らし始めて28年、その間にドカ雪が降った冬は、数えるほどしかない。

長女が小学6年生の年末も、雪がしっかりと積もった。
真っ白い世界が嬉しくて、長女と当時保育園児だった息子は近所の公園に遊びに出かけた。しかしその直後、長女は泣きながら足を引きずって帰ってきた。

途中の道で、滑って足を捻ったらしい。

触るだけでも痛いというのですぐに整形外科へ連れて行くと、足の小指側の付け根のあたりを骨折している、と診断された。
ギブスをつけた生活。
長女はそれから約1ヶ月くらい、松葉杖を使う生活になってしまった。冬休みが終わると、当然のように親が学校へ送迎することになった。


朝は夫が出勤のついでに学校まで連れて行き、帰りは私が迎えにいく。迎えには、二女も息子も一緒に連れて行かなくてはならないので、時間のやりくりに毎日大変だった。

長女の通う小学校は、かなり高台に建っている。校庭に沿った細い坂道を登り切り、さらに校舎の裏側にある体育館の横に車を停めなくてはならない。

坂道には下校する生徒たちが群がっている。
全校生徒が800人を超える大規模な小学校なので、下校時は坂を降りる生徒たちで一気に埋め尽くされ、そこを車が通るのは相当神経をつかった。

元旦の神社の参道のような状態の坂道を、そろりそろりと車で下っていると、

「お前たち、車の邪魔やから端っこによれ。」

と、長女のクラスメートの山本くん(仮名)がそのあたりの子どもたちに声をかけて、車が通れるように道を開けてくれた。

めちゃくちゃいい子やん!

私は心から感動してしまった。

山本くんは爽やかシャイボーイ。サッカーがうまくて背も高く、可愛らしい顔立ち。そして、この配慮。
ジャニーズ系モテモテタイプというより、純朴な「いいヤツ」タイプだ。

私は彼に、完全にキュンとしてしまった。

「山本くん、いい子やわぁ!母さん、ファンやわぁ!」

この言葉を私はその後、何度も娘に言うことになる。

娘は彼に全く興味がない様子で「はいはい」と鼻で笑うだけなので、「なんでなん!せっかく同級生なのに、好きにならないなんてもったいない!」と何度も思った。



それから娘が中学生になり、山本くんと同じクラスになったりすると私がめちゃくちゃ盛り上がった。
娘は「ふーん、山本か」くらいで、いつまでたっても、完全に友達としてしか思っていない様子。
なんなら、山本くんは長女にちょっと気があるのではないか、という妄想まで私は持っていたのに。

恋に全く無頓着な娘がとっても歯がゆかったが、好きになるかどうかは親が決めるもんじゃないから、そればかりは当然仕方がない。もちろん娘が嫌がるようなお節介な恋の口出しを私はしていなかったはずだ、と思う。

修学旅行での分散学習が同じ班だと聞いて、小躍りするのは私だけ。
彼と娘が一緒に写っている写真にワクワクするのも私only。

そんなこんなしながら、あっという間に娘たちも中学校の卒業式を迎えた。
残念ながら、山本くんと娘は高校が別々になり、つまらなすぎて私はひとりでしょんぼりした。

卒アルの最後のページにメッセージを書き合うは今も昔も同じようで、娘もたくさんの友達からメッセージをもらってきた。見せてもらうと、山本くんから『これからもよろしくな』みたいに書いてあり、私は超きゅんきゅんした。
まぁ、彼は娘によろしくって書いているんだけど。

山本くんに対してどんなメッセージを書いたのかを娘に尋ねてみた。すると、半笑いで娘が言った。

「母がファンです、って書いたよ。」


えー、恥ずっ!それはさすがに、私が彼に気持ち悪がられてしまいそうだ。
でもそこは娘も気遣いをしてくれて、小学6年生の時の彼の行動に私が感謝していることを、ちゃんと一緒に伝えていたようだ。
よかった、それなら彼におかしな母だとは思われないだろう。



卒業式の日、娘たちが歌う「いきものががりのYELL」を聴きながら私はポロポロと泣いた。ちょうど目の前の在校生の頭たちの隙間から娘が見えた。また違う角度から山本くんも見える。

妄想カップルは不成立のまま、母はやっぱりポロポロと泣いた。

式の後、わしゃわしゃと写真を撮り合う娘たちが私のところに来て「写真を撮って」と言って次々にデジカメを私に渡してきた。
当時はスマホ禁止で、みんながデジカメを持参していた。
その輪の中には山本くんもいて、彼も私にデジカメを渡して頭をぺこりと下げた。
目が合ってにっこり。
卒アル見てるから、私の感謝は知っているはず。

やっぱりいい子だ。

カメラ越しの彼らはみな、キラキラした希望の塊だった。


*****

抱き抱えた洗濯物は草っ原のような匂いがした。見上げた空は淡い水色で、霞がかった春の光が柔らかい。

ちょっと「YELL」を口ずさんでみる。

サヨナラは悲しい言葉じゃない
それぞれの夢へと 僕らを繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を 胸に抱いて
飛び立つよ独りで 未来(つぎ)の空へ
YELLより


娘たちも今では28歳。中学を出てから、もう13年になる。
彼が教師を目指していることは聞いていたが、願いが叶ったのだろうか。
今でも爽やかスマイルは健在かな。

一年、また一年と繰り返す季節は、あっという間に子どもたちを大人にしてしまう。
嬉しくもあり、淋しくもあり。
過ぎ去った日々が愛おしくて、洗濯物をぎゅっと抱きしめた。


すべての新しいスタートに、エールを。



部分的にちらほら花が咲き…


近所の川沿いの千本桜。まだ一分咲きかな。
これから美しく咲き誇ります。



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