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今来むといひしばかりに長月の

『今日来れるの』
『行けるよ』『仕事終わったらそっち行く』
『待ってる』
既読の文字。メッセージを読んだということが分かるだけマシなのだろう。
メッセージアプリを閉じて、いくつかのSNSを開いてスクロール。どこにも欲しい痕跡は残ってない。……見つけたら見つけたで、それはもう烈火の如く怒る口実になるだけだが。
午後9時過ぎ。随分と静かな夜だった。中身のないテレビの音をBGMにして、ベランダに続く窓辺へ巨大クッションとマグカップを連れていく。空いたソファが目について、…もう少しだからと自分に言い聞かせた。
窓を開ければ、風が部屋の中を駆け抜けて行った。ビル群の向こう側に小さく欠けた月が見える。雲一つない夜空を見て、明日は晴れかと呑気な感想を抱く。明日は休み。せっかくの何もない日だ。多分相手もそれを見越してあちこち遊んでからうちに寄るんだろう。
クッションを抱えて夜を過ごすのは珍しくない。温かいジャスミンティーをちびちび飲みながら、夜が深まるのを見つめる。スマホを側に置くのを忘れずに。


瞼が重い。暇潰しにいくつか入れたものをはしごすると、ループが止まらなくなるんだなと学習する。眉間をほぐしながら、没頭していた携帯ゲームから顔を上げた。
「……まじか…」
空が白み始めている。不思議にもまだ月は残っているけど、あと一時間もしたら朝日が昇るだろう。どうやらがっつり徹夜をしたらしい。いくら明日…今日? 今日が何もない日だからってこれは流石にまずい。自覚すると途端に頭も身体も倦怠感で覆われた。早くベッドで休もう。
クッションをソファに放って、窓とカーテンを閉める。フラフラとベッドにダイブしかけて、スマホの存在をかろうじて思い出した。さっきまで持っていたのに忘れるとは大分重症だ。
タップして、手癖でメッセージアプリを呼び出す。新規メッセージはゼロ。は、と乾いた笑いが無音で響いた。
薄暗い一人きりの部屋に、二人がけのソファが使われないまま中央に居座っていた。

(いいわけ)834字。有明の月を待ち出でつるかな、の話。百人一首で一番好きな歌&丁度季節だったので。

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