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バイバイ、オキナワ  (2006年3月 記)

14年前の今日3月12日、約9年間の沖縄での生活を終え、横須賀に。
その時に書いた文章です。


2006年3月12日日曜日朝、
沖縄県本島北部大宜味村、快晴。



布団もみな10日に引越し荷物として
送ってしまっていたので
喜如嘉(きじょか)の喫茶店
小春屋のI田さんの家の離れに
息子とふたり、10日の夜から
泊まらせていただいた。
家の前は小川。
後ろはみかん畑で山に続いている。
この景色、この空気がこの9年間、
私の日常だった。
でも、それも今日で最後なんだな。


朝、6時すぎに
鳥の賑やかな声で目が覚めた。
雲ひとつない空を見ただけで
なんだか涙が出てきそうになる。
息子を起こして
近くの七滝まで歩いた。
ツツジが咲き始めていた。


喜如嘉の売店に最後の荷物を
まとめて送りに行ったら
売店のM子さんにお餞別にと
いつも食べていた近所のもち屋さんの
ムーチーをいただいた。


車も昨日で手放していたので
喜如嘉で木工をやっているKさんと
はじーの友達Rくんに車で
田嘉里(たかざと)の私の住んでいた
家まで送ってもらう。
はじーとR君は広くなった部屋で大騒ぎ。
押入れに入っては飛び降りて・・
部屋中飛んだりはねたり側転したり。

忘れ物がないかもう一度確かめて
がらんとした部屋から海を眺めた。
この家には5年間住んだんだ。
お世話になりました、とつぶやいて
鍵をしめた。



出発前の朝10時には
友達が何人も小春屋さんの前まで
見送りに来てくれた。
息子は友達と色づいた桑の実を
採って食べては爪をまっくろにし、
家の前の小川に今にも入りそうになって
「着替えないんだから濡らすなよ~
 靴もだよっ!!」と
最後まで怒られて・・



息子の同級生のRちゃん一家の車で
那覇の空港まで。
車に乗り、とうとう出発の時。
見送りのみんなに手を振っていたら
涙が勝手に出てきて・・


Rのお父さんのRさんが
「保育所にもバイバイしような」
と車を6年間お世話になった喜如嘉保育所の
前まで走らせてくれた。
「ほら、ありがとうしないと!」
「ありがとうーばいばーい!!」


途中、塩屋のバス停には
保育所でお世話になった保母さんたちが
見送りに出てきてくれた。
車の窓からお別れの挨拶をしていたら
もうもうたまらない気持ちになった。


ほんとうに天気がよくて
すっかりうりずん(初夏)の空と光だった。
海も空も真っ青にきらきらしてた。
なんでここ離れちゃうんだろう、私、
と思った。




Rさんは途中、
わざわざ本部(もとぶ)の超有名な沖縄そば屋
きしもと食堂に寄ってくれて
そばとじゅーしーを食べて、
(息子は本土から沖縄に帰ってくるとまず空港で
 そば食べたい、というほどの沖縄そば好きなのです)
ブルーシールのアイスクリームを食べて
名護のヒンプンガジュマルを通って
高速に乗って空港まで。


息子(6歳)は車の後ろで
Rちゃん(6歳)、Kちゃん(4歳)、
Sくん(2歳)の3姉弟と大騒ぎ。
そうだよ、君たちはまだ
「お別れ」なんてこと、
よくわからないよね。
お母さんのTさん、Rさん、
子供たちをおしゃべりして賑やかに
あっという間に時間は過ぎる。




那覇に近づいてきたら
だんだん雲がでてきた。


空港に着いたら
すごい混雑で、びっくり。
セキュリティーチェックは長蛇の列。
とりあえず空港内のシーサーの遊具で
がきんちょ4名は遊ばせる。
外を見ると土砂降りの雨。
「涙雨だよー」とTさん。
・・いやはや、なんてこった。


出発の時間が近づいてくる。
「そろそろいくよ!」
と大声を出していたら


「いた~!!!」
と近所の小学生で息子と仲良しの
N君がお母さんと一緒に
こっちに走ってきた!!
「N、わざわざ来てくれたのー?」
「うん、まにあった、よかったーー」

「混雑してたからもう、見つからんくて
 泣きそうになってたらNが
 『あ、今はじーのお母さんの声がしよった!!』
 って、こっちきたら本当だった~」
とお母さんのMさん。
「そ、そんなでっかい声だった?」


セキュリティーチェックの列に並ぶ。
じりじりとお別れの時が近づく。
みんなに何回もバイバイと振り返りつつ
手を振ってたら涙腺決壊。
まさかこんなに自分が泣くとは思わなかった。

息子は疲れたのだろう、
飛行機に乗って
しばらくしたらぐっすり眠ってしまった。


私もうつらうつらしながら
9年前、ひとり、飛行機に乗って
沖縄へ来たときのこと。
7年前、出産のために大きいお腹で
飛行機乗って横浜の実家に戻ったときのこと。
4ヶ月の息子をつれて横浜から沖縄に
戻ったときのこと。
ネパールに息子を連れて飛行機に乗った
時のこと、帰ってきたときのこと、、、
そのとき、そのときの
フライトのときの気持ちが
ひとつひとつ鮮明に蘇っては去っていって
ちょっとした拍子に
涙がぽろぽろこぼれて困った。




9年間。
いいことばっかりじゃあもちろんなかった。
でも、
この年月は私にとって
何ものにもかえられない宝になった。

ほんとうに


ほんとうに


ありがとう。




2006.3.12 記   当時 西川35歳 息子は6歳 写真は当日朝、喜如嘉の七滝にて。



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染織家 | http://textile-cocoon.com/ | 32歳で独立し、今までなんとか生き延びてきましたが気付けばアラフィフ、子育てもほぼ終り。さて、これからどうする?
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