一人百物語

16 通り過ぎる話

夜道を歩いていた時の話。少々疲れていたこともあり足早に歩を進めていたのだが、前から杖をついたおじいさんが歩いてくるのがわかったので端に避けて、通り過ぎるまでスマホを弄ることにした。というのもその道は自転車が停められているせいで人一人がギリギリ通ることができるほど狭い歩道だからだ。駐輪所ではないので違法シールがばんばん貼られているのだが、それもあまり効果はないようだ。不法駐輪者のほんの良心なのか、点字ブロックの部分こそ置かれてはいないが、それでもかなり狭くなってしまっている。

私は自転車と自転車の間の隙間に立って彼が行き過ぎるのを待った。ツイッターのタイムラインを流し見るうち、おじいさんが自分の隣までたどり着いたのに気配で気がつき、なんとなしに彼の方をみた。

顔が見えない。

そりゃもちろん夜道なので暗い。だから顔が見えないのはある程度当たり前なのだが、シワや顔の彫りなどくらいならわかるはずである。それすら見えない。黒い絵具で塗りたくったかのように顔が見えなかった。

私は慌ててスマホに目を落とし”それ”から目をそらした。

あれを見続けてはいけない。

気がつけばそれは自分の横を通り過ぎて向こう側に歩いて行った。

あれがなんだったのかいまだにわかっていない。



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