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コボの小説「カサブランカ」

「あなたは永遠に、私に追いつくことはできないわ」
「どういうこと?」
「私はこれから、全力で走る。たしかに、あなたの方が足は速いかもしれない。でもあなたは絶対に、私に追いつくことはできない」
「どうして?」
「あなたが私に追いつくためには、二人の中間地点を通らないといけない」
「うん」
「あなたがその中間地点に辿りついた時には、私はもう、その先を走っている。そしてあなたはまた、あなたと私の中間地点を目指さないといけない。そしてその中間地点にたどり着いた時には、私はまた、さらに先へと進んでいる」
「うん」
「それの繰り返しが、ずっと続いていく。あなたは永遠に、二人の中間地点を目指すことになるのよ」
「…なるほど」
「だから、追いかけても、無駄よ。もう私を追いかけてこないで」

 海は、自分の外側ではなく、むしろ内側にある。
 そのことに気がついたのは、僕が生まれてから67回目の瞑想をしている、その真っ只中だった。なぜその回数を正確に覚えているのかというと、僕は数字に関する記憶力が異常にいいからだ。登った階段の段数、その日に話した人の人数、コンビニでもらったお釣りの値段。そういったものを、いちいち克明に記憶してしまう癖がある。だから、海についての気づきを得たのが67回目の瞑想だったということも、僕は意識せずとも覚えてしまっていた。
 翻って僕は、感情についてはすぐに忘れてしまうようである。嬉しかった出来事、悲しかった出来事、どちらも非常にフラットに捕らえる嫌いがあるのか、振り返ってみるとそこにあるのは、いつもシンプルな事実だけだ。感情を数値に換算するのはとても難しい、というのも一因かもしれないが、そもそも、感情を正確に記憶している人間はあまり少ないのではないだろうか。言い訳したいわけではないけれど、心のどこかでそんな気持ちもある。

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