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答え探しがやめられなかった私が応援されることを覚えて変わった話

こんにちは、臼井です。

このところ毎日このnoteを更新していたら、なんだかんだでリズムが作れてきて勝手にいい感じの気分になってます。

自分でもよく言いますし、頭ではわかってますし、世間一般でもよく聞く言葉ってありますよね。

私の中でその一つが「答えはどこにもない」というやつです。

西の横綱レベルでよく聞きますし、「知ってる」って人は多いと思います。

でもじゃあ、「本当に答え、探してない?」という問いに変えられるとどうでしょうか。

正直、私は自信ないですし、まだまだどこか楽をして、お手軽に教えてくれやしないだろうか?ということを、明確に意識はせずとも、行動がそれを示している、なんてことは振り返ればままありまして。

それはつまり、完全には理解をしていなくて、「自分で考える」ということから逃げてるってことなんだろうなと、反省が募っていきます。。

今日は、そんな私と同じように、わかっちゃいるけど答え探しがやめられない、そんな自覚がある人とお話を共有してみたい。

何から逃げていたのか

まず、なんで答えはないって言われるんでしょうね。

そのことについて考えてみたんです。

いや、当たり前だ!と思うじゃないですか。ないですよ、答えなんて。

だけど、それでも探してしまう自分がいるわけですから、根本的になんか原因があるんじゃないか、というより、捉え方を確認してみる必要はあるなーって思ったんです。

以前、私はコーチから「学びに逃げるよね」って何度か言われてきました。

そう、逃げてるって言われる。

逃げるというからには、「出元」と「行先」があることになります。

じゃあ、私はまず、「何から逃げているのか」

・自分で考えること

でしょうか。

最初は、考えることから逃げてるんだなって思って納得していたのですが、よくよく考えてみたら、「何を」考えることから逃げているのか、これだとまだあいまいです。

キャリアでしょうか。

副業でしょうか。

集客でしょうか。

いや、これらは些末なことであっていってみれば枝葉のこと。

もちろん、これらのことも含まれると思うんです。考えること自体は、何かしらの対象があるわけですから。

だけど、この場面で言えるのは、きっと、私は「自分の人生そのもの」から逃げていたんじゃないかと思うんです。

口では、自分の人生のハンドルは自分で握りたいと言いながら、その実ハンドルなど他人に預けて助手席のシートを倒して寝ようとしている。

いや、寝ていた。

実際の車ではないから、目に見えるケガや命の危機はないけれど、その代わり、私の現実が良くも悪くも変わることはない。

当たり前です。惰性で生きて、考えてないんですから。

私は結局、自分の人生から逃げていたんですよね。

守りたかったのは小さなプライド

とはいえ、そうやって逃げることで守っていたものだってあるのです。

だから、特に人生で大きな穴にはまることもまあないと言えばないくらいに、現状は維持できていたわけで。

で、結論を言ってしまうと、守りたかったのは「できるはずの自分」の姿だったんですよね。

やらなければ、見ないで済むじゃないですか。

・できなくて悶絶する姿も

・(あるかどうかは置いといて)誰かに笑われる姿も

端的に、失敗して、悩んで、苦悩して、そうやってのたうち回る姿が、私はダサいと思ってたんですよね。

これは、裏を返せば、口ではなんといっても、心の底では、「自分以外の失敗している人もダサい」と思ってるってことになるんじゃないか…?

このような、実に敬意を欠いた視点に立っていやしないか?

と考えたとき、いやーこれじゃコーチできないよね、と。

実際に思ってなかったとしても、態度がそう言っちゃってる。

それじゃ、いくら口で応援するって言ったところで、届くことはないし、そんな自分に応援してもらいたい人だっていない。

私自身の最大の失敗は、まさに下手なプライドを守っているその時のことであり、現在進行形で失敗し続けていた、ということになるな、と捉えられると思ったのです。

そうやって捉えているとわかったところで、これまでの思考や行動の癖というのはなかなか抜けないのが実際のところです。

でもですね、やっぱりこの捉え方だけは変えて、自分の人生にきっちり向き合って、ありたい姿を目指せる自分になることは死守したかった。

現実的にすぐには変えられない部分はあったとしても、少なくともそれを言い訳にしてやらない、という選択肢を取るのは違うなと。

だから私は、副業がNGと言われた時も、それを言い訳にしないで何とかしてやる方法を模索して今があります。

匿名でなんてやりたくなかったっていう話は以前書いたのですが、そんなやりたくないことをやってでも、やりたいことをやろうと。

だから私は、「敬意の視点が足りない、足りなすぎる」とひたすらにコーチにフィードバックされても、折れずにいられ、現在進行形で成長できている実感を持てている。

応援してもらえること

現状を維持しようと思えばできちゃいますし、そのほうが楽なことを私は体感的に知っています。

そして、それに自分は流されやすいことも知っています。

けれど、そうやって自分の情けないと思う姿をさらしていき、話していくことで、私のことを応援してくれる人がこんなにもいたのだ、という驚きを覚えるくらい、応援してもらったんですよね。

コーチや、ともに学ぶ仲間、そして家族から。

見えない敵の批判と戦い、敗れ、敗走してたときは、こんなことにも気づけないくらい視点の数も、視野の広さも、視座の高さもなかった。

逃げていると、見えないことって増えるんですね。

そして、応援されると、人は向かいたい方向に走りだそうとすることができるし、力をもらうこともできるのだなと知りました。

私にはそんな人はいない

そう思うかもしれない。でも、たぶんそんなことはない。

あなたが、自分から逃げているだけです。

周りを観ようとしていないだけです。

何を守ろうとしているのか、まずはそこから、ちょっとずつでいいので知る努力をしてみてはどうでしょう。

私は付き合いますよ。

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TCS認定コーチ。企業でがんばる主体的サラリーマンを応援する者です。