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S&Cコーチとして一番後悔している事


競技復帰はいつも面白いと思える


自分はS&Cコーチ、そしてATCとして今まで色々な失敗をしてきて、いろんな人に迷惑をかけてきました。その中でも一番していけないことをしてしまった時のことを書こうと思います。

自分は10年前にアメリカでスポーツ医療であるAthletic Trainingを学び、国家資格を取り、その時から競技復帰というものに大きな興味持っていました。

なぜか?面白いんですよね、自分の学んできたことや学んでいるを忠実に再現すれば人の体が思い描いた通りなるのが。ヒューストン大学でインターンをしていた時やテネシーのLee Uni.でフルタイムで働いていた時に怪我の復帰のために朝の午前3時まで勉強してその日の午前9時のリハビリに少しでも役に立つことをしよう、と思って必死で勉強したのを今でも覚えています。そして、アスリートが良い意味で”What the fuck?What did you do to me?”と笑顔で言ってくれるのが面白かったです。

もちろん調子に乗ったり、天狗になったりして失敗することも多々ありましたし、どんだけ頑張っても人間的に合わないアスリート達は沢山いました。それでも、彼らには感謝したいですね。ありがとう、と。恐らく自分のことを心底嫌いなアスリート達はこの世に沢山いるでしょうが。それはしょうがないですね。お互いに至らなかった。

マレーシアでの経験談


脱線しかけてきたので本題に話を戻すと自分は2016年から2018年までマレーシア代表に所属しており、2016年のリオパラ五輪で金メダルを取る2人選手達の競技復帰をサポートした後からは2017年のパラ世界陸上までマレーシア代表パラ陸上のスポーツセラピストをしていました。医療サイドのS&Cコーチ、つまり主に競技復帰におけるフィジカル担当ですね。この時はサポートスタッフのチームリーダーにも任命され、ロンドン・ドバイ世界陸上・東京パラリンピックで勝つ事ができるようなサポートが出来るように言われました。

そして、写真の彼はリオパラ五輪を膝の怪我で出場できなくなってしまい、リオパラ五輪前から競技復帰をサポートしていたSaifudinです。彼の障害は半盲で、種目は幅跳びの選手です。2016年の怪我前の世界ランキングは3位、恐らく出場出来ていれば銅メダルは取れていたかもしれません。パラリンピックの選手もプロですからね。生きていくために、お金をもらうためにランキングやメダル獲得は非常に重要です。

2017年ロンドンパラ世界陸上

年は2017年になり、いよいよ彼の復帰戦である北京OPが4月に始まりました。ここで規定の距離を跳べる事が出来れば7月のロンドン世界陸上の切符が手に入ります。結果は自己の予想を大きく下回るジャンプでしたが世界陸上出場の規定距離を跳び、世界陸上出場が決定。問題は山積みでしたが、とりあえず世界陸上に行けるまでサポートできて胸を撫で下ろしました。その頃、彼はフィアンセと結婚&奥さんが妊娠します。この頃から自分はもう1人の選手のリハビリ・競技復帰に集中するようになり、彼とはあまり関わる機会がなくなりました。

6月が断食の月であるラマダン過ぎ、7月に入りいよいよロンドン入りをします。時差ぼけ解消の為2週間、ロンドン郊外にあるBurnell Universityでトレーニングキャンプをしてから、大会に臨みました。ロンドン世界陸上では6人の選手団金メダルが2個と銀メダルが1個と好成績を収めて帰国しました。

自分が手塩にかけてサポートしたSaifudinは彼のカテゴリーで最下位の成績でした。。。後で彼を担当していたS&Cに聞いた話だと彼は渡英前に奥さんのお腹にいる子供に問題があり、出産が危険があるということからの心肺や自分のパフォーマンスに悩みがあったようです。。。彼の競技後に自分は彼と言葉をほとんど交わしていません。なぜか?金メダリスト達と話していたからです。彼も1人は自分が競技復帰を手伝った選手です。なので尚更嬉しかったです。ただSaifudinも自分が競技復帰をサポートしたアスリートです。金メダリストと同じように、彼を”よくここまで頑張った”と抱きしめるべきでした。。。

しかも、タイミング悪くリオの銅メダリストである女子幅跳び選手が足を怪我してしまい、彼女に付きっきりになってしっまったのも彼との時間が作れなかったもう一つの原因です。ですが、Saifudinの心のケアもするべきだった。。。少なくとも簡単なメッセージを携帯で送ってあげる事ぐらいはできたはずです。

ここからの教訓


自分がサポートスタッフとしていつも自分に言い聞かせているのは

”自分のアスリートの勝ちを自分がサポートあったからとするならば、自分のアスリートの負けも自分のサポートのせいにしなければならない”

という言葉です。それが金メダルの前には出来なかった。。。。勝てばチヤホヤされるんですよ、誰からでも。負けた選手達の方が圧倒的にコーチを必要としているのに。初めて目の前で見る金メダルですから、そら興奮するし、写真をとっても良い。誇らしげにするな、という事の方が酷です。そして、もちろんそういうことをしてもいいです。ただ、その後でもいいから負けた選手のケアは必要です。この事は今でも自分に言い聞かせています。

その後

時間は過ぎ2020年、COVIDー19の中、Saifudinが気になってたのでメッセージを送りました。直ぐに返事が返ってきて、彼も含め家族は健康だと言ってくれて、少し安心しました。その返事の直ぐ後にもう一つメッセージがきて、

”コーチ・サキのおかげ膝の調子が本当にいいんだよ!本当にありがとう!東京パラリンピック、俺頑張るよ!”と言ってくれました。

もう言葉にならなかったです。

”ありがとう。来年東京で会おう”とだけ言ってその場のやり取りは終わりましたが、本当に救われた気がしました。彼から感謝されるだけのことを自分は出来たんだなと、本当に役に立ったんだなと。そんな事を思いました。

”’この選手は俺・私のサポートがあったから勝てた!’、つまり自分のアスリートの勝ちを自分がいたからだという原因‐結果として言いふらすのであれば、自分のアスリートの負けも自分のサポートのせいにしなければならない”という言葉をこれからアスリートをサポートしたいと思っている人達に覚えていて欲しいです。

成功する人に群がるのは誰でもできる。失敗した選手に手を差し出せますか?自分は出来ます、というかしないといけないです。競技復帰して成功しても、失敗しても自分はその選手を抱きしめます。

以上


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