カレーとシチュー
今日の夕飯はビーフシチューだ。
全寮制の高校に入ることになり,進学して1か月がたった。私は特に友人関係でも困ることがなく,かといって授業についていけないということもなく,特に困ったこともなく生活できていた。
全寮制の高校だけあって設備はそれなりに豪華だ。まず朝ごはんと夕飯はめちゃくちゃおいしい。これは本当に神だと思う。
エアコンもきっちりついているし,ベットや家具も充実している。
全寮制に進むことになったのは特に親と喧嘩したからではない。もともと高校になったら一人でできる範囲のことは一人でして見たかったというのがある。
……白状すると,一つだけ苦手なことがあった。
小さい頃,父と母とカレーを食べることがあった。幼い頃はカレーが大好きだったので両親とカレーを食べるのは嬉しいイベントだった。
ところが小学校高学年の頃,突然カレーを食べることができなくなった。理由はいまだに不明だが,カレーを食べるとおなかの調子が悪くなってしまうのだ。
両親,特に父親はカレーが好きだったようで,一緒に食べられなくなったことでどこか悲しそうな顔だった。
そこで母親が思いついたのがビーフシチューだった。
曰く「カレーみたいな色しているから似たようなもんでしょ!」
言わせてもらうが全然違うものだ。カレーとビーフシチューが似たようなもんだとか言い出したら様々な国の人が怒り狂いそうだ。
それでも今ならわかる,親にとってカレーは娘と一緒に食べるからおいしかったのだろう。自分でいうのもなんだが娘である自分は親とあまり上手にコミュニケーションが取れなかった。コミュニケーションとまではいかないが,カレーは娘との時間の共有手段だった。そんな中,娘だけカレーが食べられない状況でカレーなんか食べても意味がなかったのだ。
しかし両親の顔はカレーを食べているときの顔と明らかに違っていた。本当はカレーが食べたいんだろうなあ。そう思いながら3人でビーフシチューを食べた時の苦い雰囲気は今も頭に残っている。
今でもカレーが苦手なのは治っておらず,かといって3人で食べようといって食べるビーフシチューもまた苦手である。
入学から1か月,世間はゴールデンウィークだ。というわけで一時的に帰省することになった。
そして母親から来たメールがこれである。
「今夜はビーフシチューだよ。」
まじか…と思った。帰省初日の夕餉があの苦手な時間になるのか。
どんよりした気持ちを感じながら家路につくと,母親はすでにご飯を作り終えていた。そして食卓を見るとびっくりした。
並んでいるのはビーフシチューは一皿,あとはカレーが一皿,ホワイトシチューが一皿。
つまり,全員違うメニューだった。
「母さん,これどれがだれ?」
「これね,ビーフシチューがあんた,カレーがお父さん,普通のシチューが私。」
「これ作るの,大変じゃなかった?」
「でもあんた,ビーフシチュー食べているとき居心地悪そうだったじゃない。なら全員違うメニューにすればいいと思って。」
逆転の発想すぎる。
3人で同じものを食べるのが苦しいならみんな違うものを食べよう。
逆転の発想ではあるが特におかしい発想ではない。確かに作るのが大変だとは思うがそれさえクリアできれば合理的な発想ではある。
その日の夕飯はいくらか軽い気持ちで食べることができた。
食べるものが違ってもおいしく一緒に食べることは可能なのだ。
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