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高校時代に大切なのは、裾野を広げておくこと。 異質なものと対話する力は、世界を救う。

一般財団法人地域教育魅力化プラットフォームは3年を迎え、地域みらい留学生も800人を超えるまでになりました。そして、これからの10年を思い描いたときに、ビジョンを共有し、新しい発想とアイディアで力強く一緒に未来を築いていくために、日本を代表するリーダーの方々に「ビジョン・パートナー」となっていただきました。今回から始まるこのシリーズでは、ビジョン・パートナーの皆さんが思い描かれている未来についてお聞きしていきます。

ビジョンパートナー 岩井睦雄 氏
日本たばこ産業(JT)株式会社 取締役副会長
1983年日本専売公社(現・日本たばこ産業)入社。人事部、経営企画部、銀行研修などを経て、経営企画部にてビジョン策定、中期計画、組織文化変革などを経験。経営企画部長、執行役員食品事業部長を経て、2006年には取締役食品事業本部長として加ト吉買収等を手掛ける。海外たばこ事業子会社JTインターナショナル副社長、代表取締役副社長たばこ事業本部長を経て、2020年3月に取締役副会長に就任。(社)日本アスペン研究所、(社)ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ、(社)久野塾などの理事も務める。

インタビューアー 水谷 智之
一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 理事・会長
1988年慶応義塾大学卒。(株)リクルート入社後、一貫して人材ビジネス領域に携わり、「リクナビNEXT」などを立ち上げる。グループ各社の代表取締役、取締役を歴任し、2012年には(株)リクルートキャリア初代代表取締役社長に就任。2016年に退任後は、社会人大学院大学「至善館」理事兼特任教授、経済産業省「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」委員、「『未来の教室』とEdTech研究会」委員、内閣官房「教育再生実行会議」委員などを務める。2017年より現職で地域みらい留学を推進。

水谷:岩井さんは、経営者である傍ら、「ISL」、「社会イノベーター公志園」、「アスペン・セミナー」といった社会人の学びの機会づくりに携わられていて、教育や学びへの興味や意欲の強い方だという印象があります。その原点はどこにあるのでしょうか?

岩井:私は学ぶことが好きですし、教育は人間にとって絶対的に必要で大事なことだと考えています。そして、自分が教育を受けて得たものは社会に還元していくべきだという思いもあります。こう考えるようになったのは、両親の影響が大きかったと思います。父は田舎の出身で自分で学んで立身した人間なので、我が子にもきちんとした教育を受けさせたいと考えていたようです。普通のサラリーマンでしたが、教育が一人の人間をより良くしてくれるという信念をもっていて、教育に対して投資もしてくれました。
 こうした信念の源流は、福沢諭吉の『学問のすすめ』にあります。学んだことや身につけた自分の能力を使って世の中にどう貢献するか、その意志こそが学びや教育の原点だと。世の中に貢献するためには、試験のための勉強ではなく、若いうちに幅広く学ぶことが不可欠です。ですから、学力に偏重した偏差値主義の教育には、違和感を感じているんです。

水谷:なるほど。そうした思いから、さまざまな社会貢献活動をされているのですね。では、岩井さんご自身は、これまでの人生を通してどの時期にどんなことを学んでこられたのでしょうか?

岩井:小学校に入るか入らないかくらいの頃、近所の子どもたちみんなで集まって、田んぼでドジョウをすくったり秘密基地を作ったりして遊んでいたんです。異なる年齢のいろんな子が混じり合って、遊んだりケンカしたり。「仲間と共に生きる」とでもいうようなあの体験に、自分の原点があると思っています。
 もう少し大きくなると、私はインドア派で読書が好きだったのですが、気の合う仲間どうしでいろんな話をしたり、実際に文章を書いてみたりするようになりました。学校の勉強とは違うところで高め合えるのが楽しくて。中学校を卒業したときには、友だち6人で五島列島まで鉄道旅行をしたこともあります。時刻表や路線図を見ながらみんなでワイワイ計画を立てて…。仲間と一緒に何かを企て、達成する。子どもの頃って、それが一番の学びなんじゃないかと思います。

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水谷:へえ、面白いですね。では、高校時代はいかがでしたか?

岩井:私立・武蔵高校に高校から編入しました。「御三家」と呼ばれるいわゆる進学校でしたが、偏差値の高い大学に合格することを目指してはいない学校でした。古文では変体仮名で書かれた『伊勢物語』を半年間かけて読んだり、数学では教科書の範囲とは全然違うことをやったり…。大学受験という視点で考えたら無用であろうことを熱心にやっている学校で、私はそこからいろんな刺激を受けました。こんな世界があるんだ、世の中には自分が知らないことがいっぱいあるんだということに圧倒され、知識や経験の裾野が広がりました。あとは、仲間と一緒に学園祭で上映する映画を制作したり…楽しかったですね。また、本を読むのが好きだったので、当時からいろんなジャンルの本を読んでいました。

水谷:当時は、どんな本を読んでどんなことを感じていたのですか?

岩井:高校生くらいのときって、好き・嫌いという感覚的な軸とは別に、正しい・正しくないという軸をもつようになる時期だと思うんです。そういう視点でもっとも印象に残っているのが、カミュの『ペスト』という作品です。ペストが蔓延して街が封鎖され、その環境の中でどう生きるべきかという人間の在り方を描いた作品なのですが、不条理な状況のなかでも目の前にあること、自分にできることを淡々とやる、という生き方に私はとても共感しました。誰が悪い、世間が悪いと他責にすることは簡単ですが、何かに責任を押し付けたり宗教に逃げたりせず、しっかりと自分の軸をもって生きるべきなんじゃないかと、漠然と考えるようになりました。
 中学生の頃から、『アンナ・カレーニナ』や『ジャン・クリストフ』といった人の人生を描いた小説や伝記が好きでした。一人の人間がどう生きたのか、にとても興味があったんです。自分自身と相対的に捉えながら読んでいた記憶があります。若い頃に出会ったさまざまな本は、自分はどう生きるべきか、どういう軸をもつべきかと考えるきっかけをくれました。そして、その頃に形成された軸は、今でも変わらず私の中に存在していると感じます。

水谷:人間の真理を追求したい、もっと知りたい、学びたい…そういう意欲が本によってどんどん刺激され、学ぶエネルギーを生み出していたのですね。社会に出てからも、それは続いたのでしょうか?

岩井:実は、JTというたばこを扱う会社を選択したことも、人間の真理を追求したいという思いの現れなんです。たばこって、身体的なリスクを伴うものですよね。そもそもなくても生きていけるし、リスク要因もあるのに、なぜ人はたばこを吸うのか。心理的・社会的にどういう意味合いがあり、どう世の中の役に立っているのか。JTに勤めていたらそれを考えざるを得ないし、それを考えさせてくれる仕事だと思ったんです。
一見するとムダに見えることも含めて、人間は存在している。その矛盾にこそ人間らしさがある。そんなふうに考えを深めていくのが面白くて。昨今はAIがどんどん発達して、私たちが自分の意思で選択していると思っていることが実はそうではない、AIにより選ばされていた…ということも実際に出てきています。人間とは何か、人間らしさとは何か、人間にしかできないことは何か…。たばこという存在を通して、そういうことを考えてきたし、これからも考えていきたいと思っています。

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水谷:いや、面白いですね。岩井さんがおっしゃった「人間らしさ」というのはこれからの時代のキーワードになってくると思います。岩井さんは、「人間らしさ」や「人間にしかできないこと」とはどんなことだとお考えですか?

岩井:人間は、言葉を使ってコミュニケーションをとる動物です。対話をする、そして、対話により問題を解決できる。ここに、人間らしさや人間にしかできないという要素が集約していると考えています。価値観が異なる相手と、それぞれの立場を理解したうえで双方の矛盾を摺り合わせ、解決策を生み出す。それは、ディスカッションやディベートではなくダイアログ(対話)でしか成し遂げられないことです。例えば、対話のない文明はあり得ない、対話こそが文明をつくる、という考えに基づいて行われているのが、私も理事として携わっているアスペン・セミナーです。私たち人類には、専門家同士が分断した結果、原子爆弾という恐ろしい兵器を生み出してしまったという過去があります。アスペンは、そうした反省に基づき、立ち上がりました。
 同様のことが、今、世界で起こっています。某国の大統領などを見ていても、自分とは異なるものと対話をしようとせず、大きな分断ができてしまっている。第二次世界大戦が終わってから70年以上が経ちますが、再び当時のような世界的な分断の風潮を感じ、大変危惧しています。人を攻撃しているだけでは、何も生まれません。大事なのは、違いのある者同士がいかに対話をするか、ということです。今の日本の政治を見ていても、攻める人・守る人の構図ができてしまっていて、誰も対話をしようとしていない。「対話と分断」は、私の中でとても大きなテーマとなっています。
 そんなときに、水谷さんから「地域みらい留学」の話を聞き、これはとてもいいなと思ったんです。都会で生まれ育った生徒がいわゆる田舎の学校に行って、例えば地元の漁師のおじちゃんとか商店のおばちゃんとか、今までに出会ったことがないような人、自分とは年齢も経験もまったく違う人と話をする。これは、言ってみれば「異質との対話」です。同質のなかでだけ対話をしていると視野はどんどん狭くなってしまいますから、若いうちにこういう体験ができることは、とても貴重だし非常に重要なことだと思います。

水谷:岩井さんのお話を聞いて、「地域みらい留学」の学校は「異質との対話」にあふれているなと気づかされました。全国各地から集まった生徒や地域の大人という、自分とはまったく異なるものと出会い、話をする。対話する量が、都会の一般的な高校生よりずっと多いのは確かです。

岩井:対話で大事なのは、自分の意見を言って、相手の意見を聞いて、お互いが納得できる解を見出すことです。私はこういう意見であなたはこうで、こんな視点もあるね…と、何が正解・不正解かではなく、対話をすることでより良いものを生み出すことができる。対話には大きな可能性があると思っています。
 もう一つ、「地域みらい留学」ですごくいいなと思ったのが、自分が学んでいることがどう社会とつながるかを肌で感じられることです。地域のコミュニティや人とかかわりながら学ぶことで、冒頭で述べた「自分は世の中にどう貢献できるか」という意識が芽生えると思うんです。ビジネスでは、学校で学んできたことがそのまま仕事に活かせることは少なく、課題解決に必要なスキルや知識をその時々で新しく学んでいきます。一方、学校ではこれまで、いい大学に入ることが勉強の目的になっていて、両者の学び方にギャップがありました。高校生が実際の地域の課題に取り組むプロジェクト学習というのは、社会人型の学びなので、実際に社会に出たときにも大いに役立つと思います。

水谷:まさにそうなんです。一方で、とくに保護者は、旧来の偏差値主義から抜け出せないという現実があります。そこをなんとか変えていきたいと私たちも努力をしているのですが、なかなか変わらずにもどかしい思いをしています。最後に改めて、中学生のお子さんをお持ちの保護者に向けて、メッセージをお願いします。

岩井:まずお伝えしたいのが、偏差値志向でお子さんの進路を考えていると、これからの時代は生きていくのが大変になりますよ、ということです。国内最難関の東大だって、世界の大学ランキングで見ると60番くらい。言ってみれば「たかだかそれくらい」の学歴・学力です。そこに価値を見出すのではなく、本当に必要な資質や能力は何かということに目を向けるべきだと思います。
私が本当に価値があると思うのは、人間力です。これからの時代をサバイバルするには、広い意味での人間力が必要です。それを育てるのが、高校時代。頭も心も柔軟かつ多感なこの時期に、いかに裾野を広げておけるかにかかっています。異質のものと出会い、対話をし、自分の生き方を考える。そんな機会を、ぜひ、お子さんに与えあげてほしいと思います。若いうちに裾野を広げておけば、その先の人生で学びたいこと、やりたいことが出てきたときに、柔軟に方向を転換できます。学力だけが高い人は、それが難しくなると思います。
 私自身は、本から多くのことを学びました。高校時代には本を通して異質のものと出会い、世界が広がりました。その可能性が、地域やコミュニティ、自然といったものにもあると確信しています。地域と教育の掛け合わせによる新しいインパクトが、全国に、そして世界へと波及していくことに、大きな期待を寄せています。

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※本記事は、2020年7月25日・26日の『地域みらい留学フェスタ2020オンライン』の事前対談です。昨年まで、東京・名古屋・大阪・福岡で開催していた地域みらい留学フェスタが、オンライン開催で帰ってきました!高校3年間地域で学ぶ「地域みらい留学」と高校2年生の1年間地域で学ぶ 「地域みらい留学365」。オンラインだからこそ気軽に参加していただけるように多くのイベントをご用意しています。ご関心がある方は是非、以下をクリックし、ご覧ください。

地域みらい留学フェスタ2020オンライン

【カメラマン:荒川潤、ライター:笹原風花】

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